96.おばば登場
「おい、いい加減にするだに、このばかちんが!」
右側にある襖がガラッと勢いよく開くとそこには年老いたヴィーラの女性が仁王立ちしていた。
「お、おばば様。どうしてここへ」
「どうしてもこうしても無いだに。若い女を見るとすぐにデレデレと、長としてみっともないと思わんのかい」
妙な口調の老婆は目を吊り上げ甲高い声を上げてオーランドに捲し立てる。知らぬ間にオーランドは顔面一面に冷や汗を垂れ流し、なんと正座だ。委細構わなかった態度からショボくれたじじいに変化していた。
次に老婆は俺の方に目をやると、打って変わって優しい笑顔で一礼をした。
「お客人、この度は我が一族がお世話になりましただ。隠居の身ですがこのばかちんの親として深く感謝いたしますだに」
予想外の切り替えに驚いた俺は襟元を正し、老婆同様に一礼を向けた。
「は、はぁ。どうも……」
俺の中途半端な返答が滑稽だったのか、老婆は更に頬を緩めアリスの方にも笑顔を振りまいた。
「どうか、わたいの事はおばばとでも呼んで下され」
そう言うと再び彼女はオーランドの方へ向き直りまたもや豹変、目を吊り上げ甲高い声を上げた。そしていつの間にか手に持つ扇子の様な物で彼の肩をパシッと叩いた。
「何をしているだ。さっさとこの方にお願いを申し上げるだ。ほんとうにこのばかちんが、この世の危機だという危機感が全くないだに」
オーランドの汗が周囲に飛び散り、彼は怯える様に顔を歪める。
「イタタ。わ、分かっていますよ。今からちゃんとお願いしようと……」
「言い訳無用じゃ(パシッ)もういい、わたいがお願いするだに」
(長もおばばの前では形無しだな)
筋肉隆々のオーランドが項垂れシュンとした。そんなやり取りの後おばばは、再び年を取っている割には立派な白い歯をむき出しにして、俺の方を見つめた。
「のう、お客人。頼みと言うのは届けて欲しいものがあるだに」
おばばは手をパンっと叩くと、古びた筐を持った男が何処からともなく現れた。それは真っ黒な忍び装束を身に着けたまるで忍者の様な男だった。
その男はおばばに跪くとその古びた筐をそっと老婆の前に置き、何も言わずに姿を消した。
「ほれ、お前から説明をせんかい。長じゃろうが」
おばばは古びた筐を手に取ると、オーランドの顔にグイッと押し付けた。オーランドの顔が歪む。見ていると筐の角が頬に食い込み痛そうだ。
(大事な筐の割に粗雑に扱っているな)
オーランドはその筐をおばばから受け取ると、眉間に皺をよせながらも表情を外交用に変えて俺の方へと向き直った。
「コホン。頼みと言うのは他でもない……」
「へえ、古い筐だね、何が入ってんの?」
緊張感の欠片も無いアリスの発現がこだまする。
「こらアリス。ここは大切な場面の様だぞ。静かに……話の腰を折ってすまない、続けてくれ」
俺はアリスを制止しオーランドに話を続けて貰う。
オーランドが黙ってその筐を開けると中には金製できめ細やかな模様の入った鍵が入っていた。保管が良かったのかとても綺麗だがくすんだ部分もあり年代を感じさせる。
「これは500年ほど前に人族の王に渡した書簡の鍵じゃ。その中におばば様の予言が記された重要な書が入っておる。この鍵を人族の王に届けて欲しいのじゃ」
「こ、国王にか?」
届け先が国王とは、まるで頭を鈍器で殴られたような衝撃だ。アリスもまた眉が跳ね上がり、口が半ば開いたまま固っている。
「そうじゃ、国王にじゃ」
俺達の驚きを全く気に留めず、オーランドとおばばは頷いた。
(そもそも予言者とはおばばの事だったのか。500年前って……おばばいったい今幾つだ?)
おばばは俺の考えている事が分かるのか、おばばに目をやると自身の顔のしわを伸ばしながら若さをアピールしている。悪いが見たくもないモノを見てしまった気分だ。
「それは重要なものなのか?」
「未来に関わる事じゃ。それには人族がどうすべきかが書かれてある」
オーランドは筐の蓋をしめ、名刺の様に両手で俺に差し出した。箱の表にはイチョウの葉を形どった彫り物が施されていた。
「その葉はヴィーラ族の証じゃ」
手に取った筐を見てみると一部黄ばんだ所も有り、言葉通り相当年季が入っている。500年前と言うのも嘘ではなさそうだ。
「これは急いだほうが良いのか?それとも俺達の用事を済ませてからでもいいのか?」
出来れば国王なんかと関わり合いたくはない。俺は後回しの提案での回避を試みた。
それにまんざら嘘の話ではない。一応ここで寄り道をしてはいるが、本来の俺達の目的はサイクロプスの魔石を手に入れる事と、アリスのレベルを上げる事だ。
そのついでに小竜を手に入れようと思っただけだったのだが……
「大丈夫だに。お客人様たちならまる二日もあれば魔石も取ってレベルアップも出来るだ。目的を果たして後、人族の王へ鍵を届けてくれると予言で出ておりますだ」
「それに……」と話を続けたおばばは、急に裏のありそうないやらしい笑みを浮かべた後、俺の耳元でこそこそ話とはかけ離れた程に大きな声で囁いた。
「いまなら小竜が二頭おまけで付いて来るだに」
(全く内緒話になってない)
隣でバッチリと話が聞こえていたアリスは勢いよく俺の腕を両手でつかんだ。その目はとてつもない程キラキラと輝いている。
「ねえ、レア!小竜よ小竜。小竜貸してもらえるって。この話乗るしかないわよね」
(そうか、アリスを巻き込む作戦だったのか)
アリスの瞳のキラキラは留まる事を知らない。
小竜に目がくらんだと思われるのは癪だが、アリスがこうなっては手を付けられない。
(人族に関わる事はアリス達にも関わる事という訳か、仕方がない。こちらとしては目的の一部を達成できたわけだし……まぁいいか)
「ああ……そういう事なら……まあ、もののついでだし……請け負おう」
俺が亜空間ボックスに筐を仕舞うと、室内が緊張から和やかな空気に変わった。照らし合わせた様に外からチュンチュンと小鳥の声も聞こえて来る。
「そうそう、人族の王の元へはこのリンクもついて行くのでな、よろしく頼むだに」
(なに?そんな話聞いていないぞ)
リンクはおばばに向かって「ははあ」と頭を下げている。
(じゃあ、リンクが人族の王の所へ行けばいいではないか、なんだって俺達に頼むのだ?)
俺をニヤリと見つめるおばばの目は、未来をすでに見透かしているかのようで、背筋が粟立った
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