95.新たなる真実
「流石にそう感じるか。そうじゃな、お主の言う通り──ここまで来てもらったのには訳がある」
目の前のオーランドの表情がこれまで以上に厳しくなる。彼はゆっくり胡坐を組みなおし、ふぅっと息を吐き出すと低く重みのある言葉を紡いだ。
「この村には優秀な予言者が居ての、実はそ奴がお主の来ることを予めわしに告げてくれていたのじゃ」
ゆっくりと落ち着いた口調でオーランドは話を続ける。周囲は静まり返り、時折誰かがゆっくりと廊下を歩く足音までが大きく聞こえる。
しんと静まり返った室内に、オーランドの思わぬ言葉が飛び出した。
「お主も知っておろう、氷に日に来る大量魔物の暴走の事じゃ」
(この異空間に於いて大量魔物の暴走を気にする理由はなんだ?)
いささか違和感はあるが、俺はそれを表に出さない様に振舞った。
「ああ、その話はエルフのロッシと言う武具屋から聞いている。何とか対策を立てている所だが」
ロッシは俺達の行動次第で何とかるとの見解を示していた。実の所、俺自身も何とかなると考えていたのだ。
だが、俺の返答でオーランドの声のトーンが変わった。
「そんな悠長な事を言っている場合ではない、人族だけで抑制するのは無理じゃ」
「どういう事だ?」
「『赤渕』です」
今までこの件に関して口を閉ざしていたリンクが指を震わせながら聞きなれない単語を口にした。
「赤渕?」
「そうじゃ、『赤渕』じゃ。魔物の変異種の事じゃ。奴らは恐ろしい速さで変異を続けている」
リンクは小刻みに震えながら黙って頷いた。
「変異と言うと、黄色が混ざった魔物の事を指しているのか?それなら……」
「それならその原因をレアが断ち切ったって言っていたけど?」
アリスが突如として身を乗り出し、眉をひそめて会話に割って入った。
「ああ、確かに俺は魔物を変異させていた奴を特定し、その最後を目の当たりにしている」
「だがの……お主たちが出会ったウロボロスは予想をしておったかの?」
俺にとってもそれは確かに引っかかる所だった。
第二層で変異させられた魔物は以前戦ったサイクロプスだけだと思っていたからだ。だがあのウロボロスには黄色の斑に加え、赤みも混じっていた。
あれが一番の俺にとっての違和感で初めて見る色だ。
「出会う可能性はあると思っていたが、赤みのあるやつは初めてだったな。俺はあの類の奴を『黄魔』と呼んで区別をしていたんだが……」
「そうじゃ、あの赤い色が問題なのじゃ……実はのぉ……」
オーランドによれば変異種──俺達で言うところの『黄魔』の事だが、その存在をヴィーラ族は知っていた。
「私達も魔物を喰らう黄色い魔物を見た時、背筋が凍りました。こいつらは生かしておいてはいけないと……」
「そうじゃ、だからリンク達は森に入り奴らを駆除し始めた。かれこれ300体は討伐したかのう。だが、それ以上にとんでもない光景を見てしまったのじゃ」
リンクはオーランドの顔を見つめ頷くと話を続けた。
「はい。ある時期から黄色単体の奴よりさらに強く、赤い斑の混ざった奴が出てくるようになりました」
それを区別をする為、リンク達は奴らの事を『赤渕』と呼んでいたが、最も厄介な事実を知る事になったのだ。
「『赤渕』は増えるのです」
何を言いたいのか俺には直ぐに理解できなかった。なぜなら『黄魔』は第三者が増やしていたものだったからだ。
「誰かに増やされるという事なのか?」
俺の問いかけにリンクは黙って首を横に振った。
有る時リンク達はノーマル種が『赤渕』に噛まれて逃げおおせた現場を偶然目撃した。なんとその逃げ切ったノーマル種が苦しそうに唸り声を上げながら『赤渕』に変化したのだ。
──『赤渕』の体液はノーマル種を『赤渕』という化け物に変化させてしまう。
それが今明かされる新たなる真実だったのだ。
俺とアリスは言葉を失った。
(感染するという事か……)
「つまりその『赤渕』は限りなく増殖し続けているという訳だな。で、その事実を知っている者は?」
俺が俯きかげんに顎を抱えると、『赤渕』の強さを体感しているアリスはゴクリと唾を飲み込んでいた。
「わしを含み一部の者しか知らん。そもそもここの住民はあちらに行くことがないからのぅ」
俺とアリスは同時に首を傾げた。今一つ話の筋が見えてこないのだ。
話からしてその脅威はあちらの問題であり、やはりこちらには影響はないように思える。この話だけだと俺に何をしてほしいかが伝わってはこない。
「それで俺に『赤渕』を殲滅して来いとでもいうのか?」
俺は少し眉を寄せオーランドの目を見つめた。オーランドも黙って俺を見つめ返してくる。
僅か数秒の沈黙が何時間にも感じられる。ししおどしの音が響いた時、その沈黙は破られた。
「いや、お主にそんな事を頼もうとは思ってはおらん。そもそもこういった問題は誰かが解決するものでは無く人類そのものの問題としてとらえるものだと思っておる」
俺の眼が大きく開いた。オーランドは至極まっとうな事を言う。彼は俺が大きな力を持っている事を知っているので殲滅を依頼するのかと思っていた。
「じゃあ、おじいちゃんは私達に何をお願いしたいの?」
突如としてアリスは更にオーランドににじり寄り、またもやおじいちゃん呼ばわりだ。
咄嗟に口から出たのだろうが、リンクの顔からドッと汗が噴き出す。
「お、奥方様……もうおじいちゃん呼ばわりは……あのう、一応あれでもオーランド様は我らが長なので」
アリスの発現に目を大きく見開いたリンクは、アリスを制止するように手を伸ばした。
「へ?」と目をパチクリさせたアリスだったが、オーランドの矛先はなんとリンクに向いてしまった。
「なにが一応じゃ!なにがあれでもじゃ!一応じゃなくとも長じゃ」
その大声に「ひ~っ」と、リンクは目を泳がせながら床にひれ伏した。
この状況下で申し訳ないが、俺の緊迫感が剥がれ落ちていく。
「もう、その辺りにしてそろそろ本題に戻ってくれないか」
ため息交じりに出した俺の声にアリスとオーランドはお互い目を合わせた後、ポリポリ頭を掻いていた。
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