94.ヴィーラ族と人族
オーランドは俺のセリフに一瞬声を詰まらせた。手拭いで汗を拭い、それからゆっくりと口を開いた。
「あれは遡る事20万年ほど前の話じゃ……。わしらも元々リンゲの森に住んでいたのじゃ」
(なにっ!に、20万年だと、この話はそんな遠い過去にまで遡らないといけない話なのか……)
あまりの気の長くなる話に俺は少々逸り、ついつい口を挟んでしまう。
「……ヴィーラ族がリンゲの森で居を構えている時に人族とのトラブルが起こって……いやいや、まてまて、そもそもそれほど前に人族は今のような暮らしをしていたのか?」
全く話の展開が読めず、俺は変な汗が滲み出る気がした。
「ちっちっちっ、話をゆっくり聞かない奴じゃな。まだ話は序盤じゃ」
「焦るなよ、話はこれからじゃ」と、オーランドは人差し指を立てて横に振り俺を諫める。
(妙に軽いぞ?これ、本当に重要な話なのか?)
俺は上げそうになる声を何とか呑み込んだ。
ふと横に目をやると、リンクはそのやり取りを見て落ち着き無く目を泳がせながら、オーランドを見つめている。
「す、すまない。ついつい功を焦ってしまった」
取り敢えず俺はペコリと頭を下げた。アリスは呑気に「話はちゃんと聞かなきゃだめだよ」と諫めて来るが彼女の表情は真剣そのものだ。
(なんだ?アリスは歴史に興味でも有るのか?)
アリスに目を向けるが、彼女の視線はオーランドに釘付けだ。
「うむ、聞いたことは無いかの?第三層の奥地に遺跡があるという話は」
遺跡の単語に反応したアリスは、正座のままずりずりとオーランドに歩み寄る。
「あるある。歴史の教科書に載ってたよ。私達とは違う種類の人間が文明を築いていた跡だって」
「本当の話なのか、それは」
疑問形なのが拙かった。アリスは少し眉を歪めた。
「本当だよ。大昔に流行り病で絶滅したとか、内紛が内戦かで全員死んじゃったのだろうとかって先生が説明してくれたんだからね」
少しトーンの上がった声で、アリスは口を尖らせた。そこでオーランドは大きなため息をついた。
「やれやれ、長い年月は真実を捻じ曲げるものじゃのぅ。あそこは元々我らヴィーラ族が住んでおったところじゃ。それと、お前さんの先生の話はどっちも出鱈目じゃな、実際我々はここで生きておる」
「だよねえ、無理があるって思っていたんだよ。だっていくら何でもみんな死んじゃうなんてね」
(おいおい、お前も軽いな。さっきまで教科書を信じていたではないか)
オーランドの説明を全く抵抗なく受け入れるアリスに、彼女らしいというか、呆れるというか、俺からも大きなため息が出てしまった。
リンクは二人のやり取りを見て何度も手を出しては引きをしながら、苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべているが、当のオーランドはニコニコ笑って楽しそうだ。
「じゃろ?そもそもこの村にはお前さんの様に可愛い娘もたくさんおるんじゃ。誰が絶滅などさせるものか。それにヴィーラ族は一流の魔法を使いこなせるのじゃ、病気の治療などお手のものじゃよ」
「あらん、可愛いだなんて。おじいちゃん見る目有るね。それに病気の治療が楽勝だなんて、さっすが~」
アリスがウインクをしながら拍手をすると、流石に我慢できなくなったのかリンクはついに腰を上げた。
「ちょっと長、それに奥方様もいくら何でも砕けすぎでは……仮にもここ何百年と交流の無かったヴィーラ族と人族の談合なのでもう少し緊張感を持っていただかないと」
「まあ、奥方様だなんて。そ、そうよね。そう言えば奥方の私は今人族の代表なのよね。話し方に気を付けないと……ざます」
(なんだよざますって)
「かっかっかっ。別に良いではないか。今日は外交として来られたわけではあるまい。むしろリンク、おふたりはお前を助けてくれた客人じゃぞ。客人に対して何を言うのじゃ、無礼講にきまっておろう」
「しかし長……」
「わかったわかった。ほどほどにな。さて、20万年の歴史の続きを話そうかの。次は19万9999年前の事じゃが……」
「なんだと、進んだのはたった1年か!19万9999年前?まだ19万9999回も続きがあるのか!」
あまりの事に俺は後ろへひっくり返りそうになった。
「ちょっと長」
「かっかっかっ……冗談はさておき……」
とオーランドが話してくれたことはそもそも人族が言語も習得していない時代からヴィーラ族はリンゲの森で村を築き生活をしていた。
「その頃の人族はまだ洞穴で生活をしていたそうじゃ。勿論、ろくに言葉も話せん」
「じゃあ私達に言葉を教えたのはおじいちゃん達っていう事?神様じゃん」
「うむ」
「ほえぇ」
突如としてアリスはオーランドの頭を凝視する。
「おい、アリス。オーランドの頭に輪っかでも探しているのか?」
「ち、ち、ちちがうよ。そんなことないよ」とアリスは目を泳がせながら手をバタつかせると、リンクは頭を抱えて大きなため息をついた。
オーランドの大きな笑い声がこだまする。真っ赤な顔をしたアリスは俯き加減で自分の口を塞いでいる。
だが、これでヴィーラ族が人族と同じ言語を話す理由が理解できた。人族の言語はヴィーラから教わったものだった。
「まあ、話を続けるとじゃな……」
人族の文明が発展し、国らしくなったころにはヴィーラ族は神の一族としてあがめられていた。
「そこでお決まりの権力者同士の争いが起きての、ヴィーラ族の人間を囲う事で権威を持とうとしだしたのだ」
「それで、人族はヴィーラ族子供を攫おうとしたわけだな」
それが俗にいうヴィーラ族の子供が攫われそうになった事件の真相だった。
どこでもそうだ。権力を得るために何らかの象徴を手に入れたがる。ヴィーラ族が今までの土地を捨てて他所に行くのは余程の決断だっただろう。俺の胸は一瞬締め付けられそうに感じた。
「先祖たちはいっそのこと、人族を滅ぼそうとも考えたそうじゃ」
「随分重い話だな。それを思い留まった理由はなんだ?」
「人族にはいい奴もいる。それが理由じゃよ。だからわしらは身を隠すことにしたのじゃ。小竜を連れての」
オーランドの重い声に、先程までとは打って変わって場は静まり返る。
「酷い話だね」
アリスの声を潜めた囁きが溶け込んでいく。少し間を置き、俺はある疑問を口にした。
「ヴィーラ族の都合で、小竜を連れていく必要はあったのか?」
「そもそも小竜は我がヴィーラ族が野生の竜を改良して育てたものじゃ。小竜はわしらと一緒じゃないと生きてはいけん」
野生の小竜を移動させる事は生態系を狂わせることになりかねないが、そもそも改良されたものならそれに値しないという訳か。
「で、ここまで俺達に話すんだ、何か目的があるのだろう?」
俺の言葉にオーランドの表情が険しく変わる。一瞬鋭い目つきで俺を見つめるが攻撃と言うよりも焦りに近い感じがした。
それにしても、ただ偶然関わった得体のしれない人族の俺達に一体何を頼もうというのだ?
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