9.アリス
文句を垂れていた男性冒険者達は、女性冒険者をそこに放置して去って行ってしまった。若い女性を怒鳴りつけて放置するとは酷い奴らだ。女性はその場でしゃがみ込に泣いている様だったが、声をかける筋合いも無いので、申し訳ないがそのまま見て見ぬふりをした。そもそも、こんな時に声を掛けるなんて、下心があると思われるかもしれぬ。かえって彼女を不安にさせるかもしれないのだ。と、声を掛けない理由を後付けで考えた。誰に言い訳をしているのやら。
ボーイが来るまでの間、暫くその様子を横目で見ていたが、女性はそのまま動かずただ泣いていた。流石に可愛そうになってきたので、そろそろ声でも掛けてやろうかと思った矢先に、ボーイが俺の元へとやって来た。
「お客様、朝、夕食付きで一晩1,500ピネルの部屋が空いております。お泊りになられますか?」
なんと、二食付きで1,500ピネルとは安い。俺の頭の中から泣いている女性が完全に消えた。
部屋の見取り図を見せて貰うと、シングルルームの割に広い。バスとトイレはセパレートになっており、冒険者の帰宅はまちまちで、夜食も採られるからとの理由で、キッチンまで付いている。ベッドはセミダブルほどの大きさがあり、寝心地は良さそうだ。ヤックがお勧めだというだけあって、このホテルは冒険者の事を考えてくれている。
勿論二つ返事だ。この星の暦もひと月30日、俺はフロントへ行って前金として4万5,000ピネルを支払った。持ち金は半分ほどになってしまったが、これでひと月は生活に困らない。
部屋を実際に見る前に4万5,000ピネルを払ってしまったが、その価値は十分にある様に思える。
チェックインをした時間の関係で、今日に関しての夕飯は出ないという。料理が上手いとヤックが言っていたので、それが食べられないは残念だが、明日からは毎日食べられるのだ。折角なので、俺は外で夕食を摂ることにした。
案内された部屋の中をじっくり観察した後、夕食を食べに行く為ロビーに向かうと、先程まで泣いていた女性冒険者の姿はもう見えなくなっていた。あの傷心な状況で何処へ行ったのか。先に声をかけてあげるべきだったかなと、ほんの僅かに後悔したものの、縁がなかったという事だなと処理をした。決して若い女性だから声を掛けようとしたわけではないぞ、俺の中の正義の心が声を掛けたら?と問うてきたのでそう思っただけだ。
外食をするぞと決めたとはいえ、当然のことながらこのホテルにはレストランがある。宿泊者用の夕食は数が限られているので出せないが、注文をして食べることは出来る。それにボーイによるとここのレストランは人気があり、宿泊客以外でも食べに来るらしい。一体どのようなものを食べさせてもらえるのか、気にはなるので見に行ってみる事にした。外に出るのはその後でも遅くはない。
ボーイの言っていた通り、レストランでは宿泊客を含め、夕食だけを食べに来ている客も大勢居る。大層賑やかしくよく流行っている事が分かる。レストラン前にあるガラスショーケース内の見本料理は和洋折衷、様々で、見ているだけで涎が出そうなくらい美味しそうにコーディネートされていた。
このままここで夕食を摂ろうかと気持ちは揺らぐが、このホテルの料理は何時でも食べることが出来る。なので、今日の所はぐっと堪えて、予定通り見学がてら街へ繰り出すことにする。俺は我慢が出来る男なのだ。
外に行く為背を向けようと時、丁度入り口付近で二人の男性冒険者が酒を飲みながら談笑している姿が目に入った。あいつらは確か先程女性冒険者と揉めていた奴らだ。先ほどまで憤慨していたはずなのに、談笑しているとはどういうことだ?俺は気になって魔法で聴力を増強させた。
「上手くやったな、あいつ泣いていたぜ。これで一人分の依頼料5回分丸儲けだよな」
「へっへっへっ、俺たちが回復薬を隠したなんて知らずに、馬鹿なやつだ」
「たかがGランクだし、経験値を稼げただけでも儲けもんだと思うべきだね。育ててやったんだ、授業料さ」
青髪と茶髪の冒険者がそんな事を話していた。
ははぁ、成程。こいつらは何度か依頼を一緒にさせた後、回復薬を失くしたという失敗をでっちあげ、依頼料を分配せずにあの女性冒険者を追放したって訳か。それも5回分も。酷い奴らだな。
それを聞いてしまうと、あの時声をかけなかったことが更に悔やまれる。だが、俺がこの話を聞いただけでは証拠にならず、追及することは出来ない。奴らにはいずれ罰が当たってくれる様祈るだけだ。そう思いながら俺は奴らの顔を記憶した。
◇ ◇ ◇
今は時間的には午後19時くらい、繁華街は大賑わいであちこち人が溢れている。飲食店も多く、何処で夕飯を食べようかと決めかねて居る時、目に入ったのはあのチリチリ頭。ああ、あいつはマフィア『ブラックシューズ』の確かゲルダっていう奴だったか。ゲルダは街中でだみ声を上げて、誰かを脅している様だった。ゲルダとそのお供の周り半径3メートル内には誰も居ない。皆出来る限り関わりあいたくはないのだ。
あいつ、またあんなことをしているのか。どうせいわれのない言いがかりをつけて誰かを脅しているのだろう、困った奴だ。
俺は人ごみを避けてゲルダの方へ向かった。何時でも正義の味方になるつもりはないが、あの男の卑劣さを知っている以上、なんとなく放っておけなかったのだ。
近くによって分かったのは、なんと脅されているのは先程泣いていた女性冒険者だった。
この娘、罠には掛けられるわ、絡まれるわ、踏んだり蹴ったりだな。きっと今日は星占いで最低ランクに違いない。ところでここの星座ってどんなものなのだろう?まあ、地球にあるものとは違うよな。どうでもいいか。
ほんの僅かでも後悔はしたくない、仕方がない今回は手を差し伸べてやろう。俺はゲルダの肩を少々強めに掴んだ。加減が難しいな、本気で掴むと肩がつぶれてしまうので気を付けないと。
「いたたたた、なんだなんだ?」
後ろからいきなり肩を掴まれたゲルダは、驚いて俺の方へと振り向いた。
「おい、俺の事を覚えているよな?そいつは俺の連れだ。そいつが何かしたのか?」
ゲルダとその取り巻き二人は俺を見て顔を引き攣らせた。そいつらの顔にはまだ痛々しい青タンがくっきり残っている。誰が付けたのやら。
取り巻き二人が半歩後ずさり、ゲルダも唇をヒクヒクさせながら活舌悪く言葉を発した。
「あ、あんたか……べ、別に絡んでいたわけじゃねえぜ、こ、こ、この娘がみ、道に迷ったって言ったから教えてやろうって言ったんだよ。あんた、この娘の知り合いか?し、知り合いが来たならもう俺も用は無いな。じゃ、じゃあ、気をつけろよ」
ゲルダがそう言うと三人は一目散に逃げだした。俺には勝てないと学習したらしい。意外と逃げ足は速いのだな。だが、逃げながらも相当怒っている様だったな、ここまで舌打ちが聞こえたぞ。
俺は女性冒険者に目をやり「もう大丈夫だ、だが、一体何があったんだ?」と尋ねた。何となくは想像できるのだが、聞いておく必要はあるだろう。
女性はガタガタ震えながら、か細い声を発した。
「助けて頂き、あ……有難うございます。私はギルドの冒険者でアリスと言います」
アリスとな?不思議の国にでも迷い込んだのか?
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