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大事なものはポケットに隠します

 十歳の時に私と母は事故に遭った。

 軽装馬車でレースをしてた貴族の若者が操縦を誤り、私と母が買い物をしていた店に馬車ごと突っ込んで来たのだ。


 店員二名と母がその事故で亡くなり、私は母が庇ってくれたおかげで顔と左肩にガラスの破片を受けるだけで済んだ。


 そして母を失った私に、父は継母という存在をもたらした。


 継母はあからさまな意地悪など私にはしなかった。

 だが、気が付けば私の持ち物が次々消えていた。

 新しく手に入れたものなど一瞬だ。


 継母は私に新しいドレスを次々に買ってくれるが、それらは全部私には似合わないドレスであり、そのドレスは全ておさがりとして義妹へと流されるのだ。

 試し着をしたその瞬間に、私には似合わなかったわね、と。


 それは、継母と私の実母の生家に差があり過ぎたからだろう。


 母の生家は裕福だ。

 母方の祖父母は大事な娘の忘れ形見として、私だけに援助してくれていた。

 もしよろしければ私を引き取ろう、なんて父に掛け合ってもいたのだ。

 しかし父は断り続けた。

 私を愛しているから?

 ほんとう?

 私が持つ母からの遺産を愛していただけじゃない?


 そして、祖父も我が父に私と同じ感想を抱いたと見た。

 だって財産の管理人を指定してくださり、その人が認めない限り父でさえ私の口座のお金を引きだせない仕組みを作っていたのよ。


 私のドレスの購入費と申請しなければ、私名義の口座から衣服代が出ない。

 また、母の宝石は母が実家から持って来た持参金、つまり私のものだからと財産管理人が祖父の目録を確認しながらまとめ、銀行の貸金庫へと預けてしまった。


 そこで継母は思い知らされたのね。

 父だけでは母がそうであったように自分が着飾れない、と。


 そうよ。

 私と母が良い服を着ていたのは、父の財力ではなく、純粋に母方の祖父母から出ていたお金だったのよ。

 だからこそ生家が貧しい継母は、私を憎み、無理矢理なお古という方法で義妹へのドレスを購入するという行為をしていたのだろう。


 本当に、なんでもおさがりさせられてたなあ。

 母が縫った布人形など、そんなもの義妹が欲しがってもいなかったのに。

 いいえ。

 布人形が無くなった私の為にと、ビスクドールを買ってくださろうとしたわ。

 私の財産で。

 絶対に買わせなかったけれど。

 母の形見を奪った母子に、誰が施しなどするものですか。


「うわああん」


 私は子供の泣き声にもの思いから覚めると、自分のドレスの脇を探った。

 ほんと、私から母の形見を奪ったのは失敗ね。

 私はその日から実家から逃げることを計画し始めていたのよ。

 ならばどうすると、私は必至に探りながら生きていたの。


 祖父母宅に逃げるのが一番だけど、逃げたところで親権者の父に連れ戻される。

 どうすべきか悩んでだらだらと月日だけが流れ、十三歳になる年の春先には、母方祖父母は流行病で亡くなり、逃げ場所を失ったからもう大変よ。


 まず、必要最小限のものを守れるようにしなければ。

 ドレスは私が注文を付けて、地味すぎる色合いのものに変えていた。

 そして、使用人にしか見えないどのドレスにも、大き過ぎる隠しポケットを私が自分で縫い付けたのだ。


 家出する時にも重宝したわ、これは。

 今日の銀行強盗に関しても。


 強盗達は銀行内の人を人質にするや、人質から持ち物も奪ってしまった。

 私も彼らに鞄と財布は奪われているけれど、このスカートのポケットの中については見逃されて奪われなかったのだ。


 いいえ、帽子もそうね、と、私は悪党の情けに微笑んだ。

 顔に傷がある淑女の帽子を奪えないという、紳士的行動を取ったのである。

 人質をとって銀行強盗なんてしているくせに!!


「あの、あなた?」


 私が突然大判のハンカチを取り出して床に敷いたので、おしっこがしたいと泣く子供をあやす母親は驚いているようだ。

 驚いたのは、何も無いはずの場所から、今度はクッキーの大袋を取り出したからかしら?

 ああ、これは読書にふける時の楽しみのはずだったのに。

 私はクッキーの袋を開け、中身を全部ハンカチの上に空けると、空になったクッキーの袋を哀れな母子に差し出した。


「ここのクッキーは美味しいの。クッキーは皆さんで食べちゃって。それでこの空になった袋におしっこをさせてあげて。油紙加工のものだから漏れないわよ」


 子供を抱く母親は驚いた目で見返してきた。

 まあね、彼女こそ私を化け物か幽霊を見る目で見ていたものね。

 確かに常にベール付きの葬式用の帽子をかぶり、喪中にしか見えない黒か灰色の外出着しか着ていない女は、不気味でしかないだろう。


 この町に来て以来、私に脅えた人達は私を遠巻きに眺めるだけで、私に話しかけてくる人などいない。

 それが狙いでもあったけれど、私はもう少し友好的に振舞っていれば良かった。

 だって、このお母さん脅えるだけなんだもの。


 おしっこ漏らして子供が大泣きしたら、ここの人質の山の誰かが強盗団の誰かの憂さ晴らしの殺されるかもなのよ?


「これはいいな。お母さん、これにお子さんにおしっこをさせて。それで、その終わった袋は俺にいただけますか?」


 赤毛男はやはり動いた。


「あの?」


「俺が責任をもって処分しますよ」


 その後の男が起こした出来事は、想定通りだったと驚きはしなかった。

 すでに銀行内に潜んでいた救出隊は、子供のおしっこ入りの小袋を赤毛のその男がリーダーにぶつけたのを合図に、一斉に救出活動に動いたからだ。


 特に赤毛髪の男の早撃ちは、私でさえ度肝を抜かれた。

 弾倉がくるくる回る銃なんてあったの?


 さて赤毛男は人質を解放したが、彼が救出した領主の息子に自分こそ救出劇の功労者だと売り込みになど行かなかった。

 その代わり、私が脱ぎ捨てた帽子を拾い上げて、私に手渡して来たのだ。


 なぜか、付け髭を外した上に前髪を後ろに撫でつけてと、隠していた顔を出してから、だったけど。


「勇敢な奥様。俺はキース・ルクスウェル。以後、お見知りおきを」


 私はキースに笑顔など向けず、奪うようにして帽子を奪い取って被り直す。

 無礼だろうがどうでも良い。

 マスカットグリーンの中で炎が揺らぐ、スフェーンのような瞳をした軽薄そうな美丈夫など、今の私には近づきたくもない存在だ。

 私は自由のために隠れて生きてかなければいけないのよ。

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