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迷惑なインカミング

 世界は時が止まっていた。

 私は周囲を見回して、膠着状態がまだまだ続きそうだと溜息を吐く。


 本来ならばとうに自宅に戻っている時間だ。

 週に一度の日用品の買い出しの後に図書館で本を借り、そして次の週までの必要分のお金を銀行で現金化してから家に帰る。


 たったそれだけの、毎週の同じ行動であるのに、今日に限ってイレギュラーな出来事で足止めをされてしまうとは。


「お願いします。僕は人質としておとなしくしてます。だから、他の皆様を解放して差し上げてください。お願いします。ねえ、ラーバン」


 私は銀行のカウンターへと目線を移す。

 銀行強盗は人質を取った状態で銀行に乗り込んで来たのだが、その人質というのが私が住まう町を領地とするガールベイン侯爵の跡継ぎ様なのだ。


 城下町の視察か何か、あるいは単にお忍びのお出掛けだったのだろうか。

 とにかく領主館にいらっしゃるはずの十三歳の少年は、自分を守るはずの護衛官達に人質にされて銀行強盗するためのアイテムに成り下がっているのである。


 初めて見たけれど、カイン・ルクスウェル様って可愛い顔をしているのね。

 金髪に緑色の瞳だなんて、まるで天使みたいだわ。


 私は帽子の中の自分の髪の毛のことを思った。

 本来は母譲りの黒髪だったが、十歳の事故の日から色を徐々に失い、今や老婆のような薄い灰色という白髪頭である。

 ついでに言えば、瞳の色が殆ど青みが無いグレイだ。

 こんな色合いだからか、私が亡霊みたいで気味が悪いって、継母や義妹どころか館の使用人達にさえ疎んじられたのよね。


「そんな顔で良く生きているわよね。私は顔に怪我なんかしたら死んでしまうわ」


 私は義妹の言葉を思い出しながら、哀れな少年を見つめた。

 顔に怪我どころじゃないわね、天使様は。

 カインは顔にナイフを突きつけられているのではなく、頭に銃口を押しつけられている。

 撃たれたら頭なんかぐちゃぐちゃね。


「急げよ。もうすぐ交渉だ。ちくしょう。手間取ってこんなになっちまった」


 手間取った?

 と、いうことは、人知れず金塊や金貨を引き取って、領主館の護衛の顔をして人質を連れて他領に逃げるつもりだった?


 跡継ぎに銃を押しつけた姿でカウンターに寄りかかっている男、ラーバンがリーダーよね。彼の指示のもと行員に金貨を袋に詰めさせている者が二名、そして外を窺うものが二名という、秩序だった行動に見えるけど、違ったの?


「ちくしょう。どうして今日に限ってあいつが不在なんだ」


 私はカウンター内に再び目線を動かし、いつもいるはずの副支店長が不在であることにようやく気が付いた。


 そうか。

 示し合わせていた行員がいなかったから、強盗せざる得なくなったのね。


 日にちを替えればと思ったけど、そうね、金塊だけだったらすぐに捕まって縛り首になっちゃう。

 カイン君を手に入れられる今日こそ実行しなきゃいけなかった、ってことか。


 ってことは、ああ!!いやだいやだ。


「うああああん」


 私は自分のいる人質の群れの中へと顔を戻す。

 最悪。

 さっきまで静かだった幼児がとうとう泣き出したわ。


「ほ、ほら。いい子にして」


 母親はさらに脅えて、殆ど彼女こそ泣きそうな声で腕の中の子供をあやす。

 そうよね、ただでさえイライラしている強盗団の人質になっているのだもの。

 そして、彼らが領主の息子(カイン)だけじゃなくて私達を人質にしたのは、完全に逃げ切れるまでの殺せる人質が必要だからよ。

 カインを本気で傷つけたらそこで終わり。

 でも、見せしめとなる残虐行為は必要。


「うるせえ!黙らせろ!!」


 まあ!

 悪党団では無くて、人質の中の人が同じ人質に怒鳴るなんて。


「ごめ、ごめんなさい。ほらポール、いい子に、ね。いい子に」


「いやああ。おしっこ、おしっこでるううう」


「うるせえな!!ぶち殺――」

「お前こそ静かにしろよ?あ?」


 哀れな親子に凄んだ男は、隣りにいた男に顎を掴まれた。

 顎を掴まれた男は目を見開いてされるがままになるほどに相手に脅えている。

 だが、男を脅して黙らせた男が母子に向けた声は、かなり優しく気さくそうな良い声であった。


「ここでさせちゃって大丈夫ですよ。お母さん」


「あの」


「大丈夫。こいつは子供の泣き声が我慢ならないだけで、子供のおしっこで足元が濡れるのはぜんぜん構わないはずですから。ねえ。自分のおしっこで濡れそうだもんねえ」


 茶色の上着を着た身なりの良い男だが、彼こそかなりヤバイ奴じゃない?

 額どころか目元迄隠すぼさぼさの長めの短髪は、樽で熟成されたブランデーのように赤みがかった琥珀色だ。でも、顎まわりの口元を隠す髭は茶色いだけで髪の毛と色合いが違う。

 もしかして、強盗団の仲間が人質に紛れ込んでいた?

 だって私はこんな人を今まで見た事が無いわ。


 そうよ知らない。

 違和感ばかりだわ。

 こんな人はいなかった。


 私は何かに思い付いたと思いながら、周囲へと視線を動かした。

 金貨を運ぶ行員の数が変わっている?

 外を伺う見張り役が、二人とも窓に寄りかかり過ぎていないかしら?


 こきゅ。


 骨が軋む音に振り向けば、顎を掴まれていた男が白目を剥いている!!

 男を掴んでいた赤毛男は、ひげ塗れの口元を綻ばす。


「僕。怖いおじさんはねんねしちゃったから大丈夫だよ。もう怒る人はいないからね、安心して床にしちゃって」


「いえ、あの、はあ、あの」


 お母さんこそ脅えちゃった。

 わかるわ。

 私こそこの赤毛男が怖いもの。


「うわあああああん。いやああ。できない。できなあああい」


 そうよね、この親子の身なりはそれなりだ。

 そもそも銀行に口座をお持ちの奥様なのよ。

 確実に紳士階級の家の方々。

 そんな家育ちのお子様ならば、道端におしっこもした事無ければ、こんな衆目のある場所で下履きを脱いで床におしっこを垂らす、あるいは下履きを脱がずに漏らす、なんて死んでも出来ないわね。


 私は仕方が無いと溜息を吐きながら、そして、今日の一番の楽しみだったはずのものを、スカートのポケットから取り出した。

 過去の出来事は何でも無駄にならないと思いながら。

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