さあ共闘しようか?
キースは私の正体を知っていた。
私に気さくに話しかけてきていたのは、誘惑どころか知っていたからこそ私の正体を探っていただけだったなんて。
実はお金で探偵仕事もする汚職警官だったなんて、最低のいやらしい人だわ。
だけど、嫌らしい男は私の父こそだろう。
娘から財産略取する目的で、探偵を雇っていたなんて。
そこで私が死んだら遺産は全部王立図書館に寄付すると言ってみたが、さすがにキースはそれについての裏付けも取って来たのだ。
「その遺言は今日初めて俺にだけ教えてくれたのかな?」
ハイ、なんて答えたら殺される。
それぐらいは私だって分かるわ。
「私の住所は書いておりませんが、遺産受け取り相手の王立図書館には、その知らせの手紙は出しております」
明日にはその手紙を出しておかねばと、私は心の中でメモを取る。
キースは私をじっと見つめ、私も彼を同じように見つめ返す。
これは賭けだ。
キースは依頼内容を私に伝えたが、私を連れ戻しての金貨百枚など、今の父の経済状態では出すことなど出来ない。
それはつまり、私を殺す、というのが父の本意なのだ。
今は財産管理人によってがちがちに保管されている手が出せない財産だけれど、私が死ぬことで父が私の遺産を相続できるのである。
だからと咄嗟に吐いた嘘だけど、父から謝礼が望めないとわかれば、キースは私の情報も身柄も見逃してくれるのではないのか?
弱者に対して優しそうに見えた彼が、結局は金で動く人でしかないと知るのは悲しいばかりだが。
私が見つめる中、キースはふっと笑って表情を緩めた。
「まいったな。度胸はあるし頭の回転が早い。しかしながら早すぎる」
「早すぎる?女は馬鹿な方が良かった人?」
「そんな訳はない。早すぎるって言うのは、いや、何でもない。君の今後についてはとりあえず保留にしておく。それよりも相談したいのだが、俺に用意された婚約から俺が逃げるにはどうしたらいい?」
「はあ?普通に断ればいいでしょ」
キースは大きく溜息を吐くと、パジャマのボタンを開ける。急に何だと思いながらみつめていると、キースは開いたパジャマの下に銃を入れ込んだのだ。
なんと!!
パジャマをはだけさせて見えた中だが、下着の白いシャツだけでなく、銃を片付けるホルスターがあったなんて。
そして何事も無いように、いえ、今度はパジャマのボタンを嵌めない?
意味わかんない。
「……どうしてさっきまで腰に銃を差していたの?それよりもわざわざボタンを閉めたパジャマの下にホルスターを着けてた意味が解らない。今だって銃が取り出しにくいからボタンを閉めてはいないのよね?最初からパジャマの上にホルスターを装着すればいいのに」
「まあ、なんだ。君が俺から銃を取り上げたら、その場で君の腕は俺に捻り上げられていた。暴力夫から逃げているアマンダは、逃亡中に幼い子供を殺している。それでも俺はアマンダが受けていた暴力を聞き込みで知ってしまったからね、どうも捕まえようとする気力が削がれるんだな」
「美人だったからなだけでしょ。銀行強盗のあの場でも、あの母子に親切だったじゃないの。お母さん、大丈夫ですよ。あなたの為に頑張ります。あらそう?では私の大事な人の為に死んで?そんな感じて手も足も出なかったものね」
「小さなポール君がいただろ?」
キースは友好的だった雰囲気全て捨て去った。
両目を眇めて私を睨む。
あの日、彼は行動を起こそうとしたそこで、人質に紛れ込んでいた本当の強盗の仲間に見咎められてしまったのだ。
つまり、彼は起こすべく行動を起こすことができなくなった。
「きゃああああ。ラーバン!!」
キースの銃を見咎めた女が、助けを求める悲鳴を上げたのだ。
強盗の頭にね。
「あの日の君は見事だったよ。あの女がラーバンと呼びかけた途端に、君は喧嘩している風に叫びながら、帽子をあの女の顔に押し付けてしまうんだからな。あたしのおっぱいの方がきれいなんだからねって。なんだよそれ。アハハハ」
笑い袋と化した男の顔にこそ、帽子どころか雑巾を押しつけたくなった。
あの時は私こそとても焦ってしまっていて、咄嗟に出たのがキースが笑い転げる理由であるその言葉なのである。
「敵も味方も人質さえも、君の台詞で時間が止まってしまっていたね」
「だったらそこですぐにあなたが撃てばいいのに。わざわざおしっこ袋をラーバンにぶつけるなんて、ひどい人ね。人質だった甥っ子さんは、人質になっても泣かなかったのに、あれで泣いてしまったじゃないの」
「だって始末に困るじゃないか。俺は小便袋なんかずっと持っていたくないよ」
「最低。それであの親子は。いいえ。親が犯罪者ならば子供は孤児院行きね」
「いいや。犯罪なんか起こっていない。ちょっと演出過多な訓練だ。そのせいでラーバンは心を病んで田舎に引っ込み、急死した副頭取の妻はこれ幸いと息子連れてラーバンを追いかけて行きました。おしまい」
今度両目を眇めて相手を睨んだのは私の方だ。
あれは本気の強盗であったし、キースの銃撃は犯人達に致命傷を与えたはずだ。
「女には真実など不要?」
「いいや。真実だよ。ラーバンは生きている。そしてガキには守って慈しんでくれる親が必要だ。横領男とその部下は全員あの世に送れたんだしさ、道を踏み外した二人がガキの為に真っ当に生きるってんなら許してやろう。そう話がまとまったんだよ。我が家ではね。飼い犬に手を噛まれたって大々的に知られる方がガールベインの恥になる」
「お貴族様って」
「ハハハ。呆れたか?では君は俺の実家よりも君の実家に帰りたいかな」
「ハハハ。私を連れ帰るならあなたの実家にして。ちゃんと言ってあげるから。私のお腹にはキースさんの赤ちゃんがいるかもしれないわって」
キースは再び親密を取り戻したようにニヤリと微笑むと、私に右手を差し出す。
もちろん私もその手を握る。だって、これで協定が結ばれたのだもの。
私はキースを助ける。
キースは私を助ける。
「ありがとう。御礼に俺は金貨百枚の方は諦めよう」
「さいてい。十枚の方だって諦めましょうよ」
「俺は臆病だからさ、隠し玉を取っとかないと不安なんだよ。金貨十枚の方は、成功報酬でってことで頼むな」
さいてい。