第5話 長女 キキョウ
俺たちが林の浅い箇所へとテントを立て、焚火の準備をし、鉄鍋で簡単な煮込み料理を作っているとあっという間に夕暮れ時。俺と姉妹たち、それに荷馬車の御者は焚火を囲むようにして座り、ようやく温かい食事にありついた。
「……おいしい」
「そうか。それはよかった」
姉妹たちは本当に美味しそうに食事を口に運んでいた。料理に特段の工夫は凝らしておらず、少し古くなった芋を香草と味付け干し肉といっしょに煮込んだだけのものだ。俺には少し薄味なのだが、それでも美味しく感じるのはそれだけ姉妹たちの体が疲れていたということだろう。
「ゴリウス様、助けていただいた上にその後のことまで、本当にありがとうございます」
「ああ、うん。どういたしまして」
俺は食事の準備ができるまでの間に、かいつまんでこれまでの経緯についてを長女であるこの【キキョウ】へと説明していた。キキョウは深く頭を下げてくる。
「どうかそんなに気に負わないでくれ。全部俺が好きでしたことなんだから」
「いえ、そんなわけには」
キキョウは長く伸ばした栗色の髪を揺らしながら、頭を上げてこちらを見る。見た目の感じからすると恐らくは16、7歳というところだろうか。しかし滲み出るその所作からは年齢以上の大人びた印象を受ける。
彼女たちが両親と行動を共にしておらず、これまでそういった話も出てこないということは……つまりそういうことなのだろう。
「こんなに温かくて美味しい食事は、本当に久しぶりです」
「そうか。たくさん食べるといい。おかわりもある」
「ありがとうございます。それと、スズヘお人形まで」
「ああ」
お人形については最初は貸すだけのつもりだったのだが、荷馬車で心底から楽しそうに遊ぶスズを見ているうちに本当にあげたい気持ちになっていた。
……どうせ、俺が持って帰ってもきっと【趣味部屋】に飾るだけだからな。きっとそうするのが一番いい。
食事の際も大事そうにミーたんを抱いているスズシロを見て、思わず頬が緩む。
「いいんだ。スズちゃんのような子が貰ってくれた方がお人形にとってもいいだろう」
「ありがとうございます。よかったね、スズ」
「うんっ! ごーうすたん、あいがとっ!」
お礼を言えて偉いねと、キキョウに優しく頭を撫でられてスズシロはくすぐったそうに笑っていた。
……お姉さん、というよりかはお母さんという感じだな。これまでずっと彼女がひとりで妹たちの面倒を見てきたのだろうということがうかがえる。
「──さて、腹も満たせたところで、これからの話をしようか」
食事を終え、俺はとキキョウは焚火を挟んで向かい合わせに座る。妹たちは眠そうにしていたので先にテントへと送っていた。
「荷馬車は明日の午後には山奥の里に到着する予定なんだが、君たちは里に頼れる人はいるのか?」
「……いえ、いません」
俺の問いに、キキョウは沈んだ声で応じた。
「……では、どうするつもりだったんだ?」
「きっと追手が来ると思っていたので。いちど森奥の里を中継して、それからもっと遠くへ逃げるつもりでした」
「そうか。それは少し……無謀だな」
山奥の里を越えた先はさらに多くの山が連なり、その先の里までは徒歩だと2週間近くかかるだろう。とうてい、幼子を連れての逃避行ができる環境ではない。それはキキョウも薄々感じてはいたのか、小さくコクリと頷いた。
「それでも……妹たちとは話し合ったんです。それで決めました。3人がバラバラになってしまうくらいなら、3人で逃げようって」
「うん、そうか」
……そうだろうな。キキョウがどれだけ妹たちを大切に想っているかはその行動を見ていれば分かる。誰かが欠けるくらいならと、それが何よりも自分自身にとって苦しい選択になろうとも、3人での未来がある方を選ぼうとするだろう。
「キキョウさん、山奥の里の先に逃げるのはやめなさい」
「で、でも」
「里で暮らすといい。俺がなんとかしよう」
キキョウは驚いたようだったが、俺にとってそれは自然な結論だった。俺にこの三姉妹を放って置く選択肢などもはやない。一度手を差し伸べたのだ。最後まで面倒を見るのが当然だろう。
「俺の知り合いに心優しき女性の戦士がいる。少しの間その彼女の家の一室に君たちが身を寄せられないか掛け合ってみる。彼女なら強いし、追手が来てもそれほど迷惑はかからないと思う。それと君がお金を稼ぐことのできる職場が必要だな? 俺の方からそれもギルド長に訊いてみることにしよう」
もう20年近くは森の里を拠点にして戦士業をしているので、俺にもいろいろなツテができている。この子たち3人くらい何とでもしてあげられるだろう。
「あ、あのっ!」
「ん、なんだ?」
「その……いいんでしょうか、そんなにいろいろしていただいて」
キキョウはいまだ呆然と目を丸くしたまま、ボツリと呟いた。
「ここまで助けていただいただけでも私たちにとっては奇跡のような施しなのに、それ以上のものも恵まれようとしていて……私たちにはいま、本当に何もお返しできるものがないのに……」
「いいんじゃないか?」
「えっ……」
「キキョウさん、これは君が救いを求めた結果だ。もしかしたら君は突然に幸運が降って湧いた気分なのかもしれないが、君があの時『助けて』と叫んだからこそ、この今がある。だからこれは君が君の努力で勝ち取ったものだよ」
「そう、なのでしょうか」
「まあそれで俺を引き当てることができたのは超大当たりだったかもしれんがな」
笑いながら冗談めかして言うと、キキョウも少し微笑んだ。少しは先行きを明るく見据えることができるようになったのかもしれない。
「三姉妹の中で1番のお姉さんとして、これまでよく頑張った。あとは大人に任せろ」
「……っ、はいっ。ありがとうございます……!」
緊張がゆるんだのか、キキョウは少し涙に濡れた返事と共に頷いた。
「ゴリウス様。いつか、いつかこのご恩は必ずお返ししますので、どうかこれからよろしくお願いいたします」
「そうかしこまらないでくれ。気楽にいこう」
日も完全に暮れたので俺はキキョウをふたりの姉妹が待つテントへと送ると、自分は毛布にくるまって荷馬車の荷台に寝転がった。
……さすがに姉妹と同じテントに入るわけにはいかないからな。まあ、幸い俺はどこでも寝れるし……。
数秒の後、俺はすっかり眠りに落ちた。
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