「今日、親が居ないんだけど……来る?」って言うから行ったけど、それどころではなかった
クリスマス。それは二人にとって特別な一日だった。
「今日、親が居ないんだけど……家に来る?」
友人の家で開かれたクリスマスパーティーもお開きとなり、愛香と祐平は暗い冬の夜道を、肩を並べて歩いていた。名残惜しさからかどちらともなく自然と足取りが遅くなってゆく。愛香の家の前に辿り着くと、自然と口が開いたが、それでも尚言葉を押し出すには勇気が要った。
「え、あの……いいの?」
「……うん」
告白は無かったが、二人はお互いが両想いだということを、普段のやり取りから確信していた。土日は二人きりで出掛ける事も多く、最早公認の仲だった。
言葉も無く、沈黙的に玄関の扉を抜けると、そっと二階へ上がり、一番奥の部屋へと歩を進めた。扉の前にぶら下がった『AIKA ROOM』のプラカードが色褪せて光っていた。
「着替えるから、呼んだら入って……」
「う、うん……」
祐平はとても緊張した面持ちで頷いた。初めて入る愛香の部屋を想像するだけで、喉が貼り付きそうになった。
「……いいよ」
「……」
そっとドアノブに手を掛ける祐平。ドアは一切の抵抗も無くすんなりと開いた。
「恥ずかしいから電気は消して欲しいな……」
ベットに腰掛け胸元を強調したニットのセーターを着た愛香の姿に、祐平の脳はかつて無い衝撃を受けていた。
「いやそれよりも部屋きったねぇな!!」
祐平はツッコまずには居られなかった。
聖なる夜とか男女のまぐわい、風情や情緒、いとをかし等々全てがどうでも良くなる程に、愛香の部屋は散らかっていた。
「祐平……♡」
「まず片付けよう!!」
夜具へと誘う甘声へも耳を貸さず、祐平は足下に散らかったゴミを拾い始めた。
「うへぇ! 賞味期限切れで未開封のお菓子が山積み!!」
「あ、うん……買うのは良いんだけど開けるのが億劫になっちゃって」
「てかゴミ箱は何処!?」
「あっち」
愛香が指差した衣服で出来た山の麓には、ゴミ箱が入った段ボール箱が一つ置いてあった。
「なんで!?」
「ゴミ箱を箱から出すのも億劫になっちゃって……ハハ」
「いつもゴミはどうしてるの!?」
「こう……そっと置く感じかな」
愛香は食べかけの板チョコ噛み、包み紙をまるで笹舟を川に流すかの様な手つきでベッドの脇へと置いた。
「祐平……♡」
「ゴミ袋買ってくる! 90Lのやつ!」
板チョコを歯で挟んだまま食べさせようとした愛香の呼び掛けに応じる事無く、祐平は夜のコンビニへと走った。
「買ってきた!」
燃えるゴミ、燃えないゴミ、資源ゴミを次々と仕分けしていく祐平に、愛香はぶすくれた顔で頬を膨らませた。
「包み紙! ペットボトル! 賞味期限1998年!?」
なんだか良く分からないゴミを発掘しつつ、祐平は二時間で部屋のゴミを全てさらってしまった。
「終わった……」
やりきった顔の祐平に、待ちくたびれて寝てしまった愛香。
「寝ちゃったか……まあ、うん。いいか」
静かに寝息を立てる愛香の安らかなる寝顔を見て、祐平は微笑んだ。
ゴミ袋四袋を両手にぶら下げ、祐平は家を後にする。好きな女子からの思いがけないクリスマスプレゼント。祐平は何とも言えない気持ちのまま、とぼとぼと歩いた。
「俺、何しに行ったんだっけ……」
せつない独り言が夜の空へと融けていった。