第9章|弱肉強食の世界 <15>『ジュリー・マリー・キャピタル』スーツの下の野生
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「密森さん……。“治ったあとも使い物になるヤツが少ない”という部分につきましては、同意致しかねます。適切な対応を心がければ、元と同じくらい活躍される社員さんが多いと、僕は考えています。それに、密森さんは、ご入院中の栗栖さんにも、同じことをおっしゃるのですか」
鈴木先生が、低い声で言った。
「おっと……失言でしたかね。ま、そこは考え方の相違ということで。
まぁ、僕もさすがに、栗栖に対しては、出来る限りゆっくり静養して元気に戻ってきてほしいと願っています。栗栖はこの会社の“頭”なんですから。
だが江鳩のようなキャリアと能力を持っていて、うちで働きたい人間は、正直、次がすぐ見つかるんです。おかげ様でうちのファンド、右肩上がりの成長を遂げてますから……」
「しかし、メンタル不調者は……」
「ああ。あれですか? “メンタル疾患の人間は、国内で約420万人程度。日本人のおよそ『30人に1人』。生涯を通じて『5人に1人』が心の病気にかかる……”。それは、もうお聞きしましたから、再度のご説明は、不要ですよ」
――――鈴木先生が、栗栖さんとこの部屋で話した内容……。
ん?? 密森さん、その話、栗栖さんから聞いたんだろうか……。
「今のところ江鳩は残業をせず、最低限の仕事だけやって案件を回し、なんとか就業を継続しています。だが、この状態が半年、いや、あと1か月も続いたら、投資成績には如実に影響を与えます。
それにウチみたいな小さい会社では、”職場環境の調整”にも限界がある。江鳩と栗栖の相性がいまひとつだとしても、ヘッドのほうを変えるわけにはいきません。ですから、非常に残念ではありますが、彼には早めにご退場頂くつもりでおります」
「退場……つまり、辞めさせる、という意味でしょうか」
「ま、そういう感じです。うちみたいな投資ファンドは、人的資本が全ての商売。『フルパフォーマンスで働けないタダ乗り社員』が、たった一人でも発生したら、バランスが崩れますから」
「しかし、メンタル不調を発症したという理由のみで江鳩さんを解雇することは…………」鈴木先生が言った。
「ええ。まぁ、そこは色々と、打つ手がありますからね。なんでも、やり方次第なんです。江鳩についても、『X社』の問題についても、ね」
―――『X社』の“問題”……。
江鳩さんが言っていた、『X社』の研究データ不正の話、密森さんはもう知っているんだろうか……
「ま、そのあたりは僕が責任を持って対応させて頂きますので、ご心配には及びません。
あー、しかしね。先日御社、『株式会社E・M・A』からお送り頂いた、メンタル不調者発生予防策、メンタル不調者の早期発見ポイント、などをまとめた資料は、大変素晴らしい内容でしたね。よく練り込まれた提案書でした」
密森さんが、フッ、と笑った。
「こちらは、是非とも活用させて頂いて、お2人が去ったあとも引き続き、江鳩のようなメンタル不調者が再度発生しないよう、気を付けていきます。メンタル不調は、色々と厄介ですから」
「好きで病気になる人なんていません。それでも病気になった社員を、簡単に切り捨てるのですか」私が言った。
密森さんが、デスクの上に肘をつき、鼻の前で手を組んで言った。
「里菜さん…………。勘違いしないでいただきたい。僕にだって情はありますよ。
しかし僕に言わせれば、“経済”とはすなわち、競争であり、『戦』だ。
ビジネスマンは皆、スーツの下に野生を隠して戦っている。
会社は、慈善事業じゃない。
弱い者をいたわる役目は、ゆとりのある大企業か、採算度外視の行政に、やっていただきたいのです」
「………………ッ! 」私は、何も言えなかった。
「お話することは以上です」




