第9章|弱肉強食の世界 <13>『ジュリー・マリー・キャピタル』密森司さんその2
<13>
以前、江鳩さんと面談をした部屋に通されて、椅子に座る。
密森さんが、デスクの向う側で、リラックスしたように椅子にもたれ掛かり、両手の指を軽く組みながら話しはじめた。
「産業医の先生と、保健師さん……ね。実は、僕は前職で、人事の仕事をしておりましてね。その際に、産業医の先生には色々とお世話になりましたよ。でも保健師さんが来てくれるなんて、珍しいですよねぇ」
「……はい。弊社『株式会社E・M・A』では、質の高い産業保健サービスのご提供のため、法律で規定されている産業医のみならず、保健師によるサポートも必要に応じてご提供しております」
鈴木先生が答えた。
「ふーん……。なるほどね。素晴らしいことです。
しかしね、御社の産業保健サービスって、ちょっとお値段が、お高めですね」
密森さんが、ニヤリと笑った。
「……確かに……最近巷では、“最低価格での産業医派遣”を売りにする仲介業者も現れているようです。そういったところは往々にして、産業医の質には無頓着で、とりあえず要件さえ満たせばいいという考えで、法律的にグレーなプラン提案をすることもある、と聞いております。
しかし我々は、“最低限のアリバイ作りとしての産業医”ではなく、お値段に見合うだけの価値を、企業様、そして従業員の皆様にご提供することを目標に、日々、スキルのブラッシュアップに努めております」
「そうですか……。いや、今回、鈴木先生と足立さんにお会いするに先立って、僕のほうでも相場を調べてみたんですけどね。確かにおっしゃる通り、最低価格での産業医紹介を宣伝している業者は、結構ありましたね。例えばココ…『Future_Sangyoui株式会社』とか……? 」
密森さんが、インターネットのHPを印刷したと思われる紙を見せてきた。
…………いきなり、社員さんの話じゃなくて、お値段の話…………。
私にとっては、初めての展開だ。こういうのって、わりとよくあるのかな……??
戸惑った私が横目でちらりと、鈴木先生を見ると……先生は、口元だけは笑っているけれど、目線がすっかり“鈴木セブンモード”に戻ってしまっていた。
(せ、先生。顔、顔キツいですよ! 素の表情がハミ出てますよっ……! 顧客対応は、スマイル、営業スマイルでお願いします! )
心の中で、つぶやいた。
でも、私の「念」は、鈴木先生には届かなかったみたいだ。
少しピリピリしたムードが、部屋に流れた。
「で……江鳩の件なんですけどね。次回の産業医面談の予定が、来週、でしたっけ」
密森さんが訊いた。
「はい。そのように予定しております」
「……そうですか。じゃあ、それを最後として、もうあなたがたは、この件からは手を引いて頂いて結構です」
―――――――……えっ。
「で、でもっ。栗栖さんからは、江鳩さんをよろしくと、我々、頼まれているのですがっ」
思わず、私が反論した。
「そうですか……。しかし僕も栗栖から、江鳩に関する対応を、いや、不在中の会社に関する全権を、委任されていますのでね」
密森さんが、挑戦するような目線でこちらを見た。口元には笑みを浮かべている。
「密森さん。そのようにおっしゃるご理由を、お聞かせ願えますでしょうか」
「ええ。喜んで、率直にお聞かせしましょう」
密森さんが、指を組み替えた。




