第9章|弱肉強食の世界 <11>栗栖さんとの雑談
<11>
――――私はねぇ、徳島の田舎町出身で、両親は学校教師だったの。
栗栖さんは、懐かしそうに話をした。
「田舎じゃ周りの目もあったから、どんな時も優等生でいるように、って、親から厳しく躾けられたわ。家でだらしない恰好をしていると、竹の定規でピシッと背中を叩かれたりしてね。
女だてらに何回も学級委員長をやったし、学校の成績は、勉強もスポーツも、いつも私が学校で一番だった。
でもそんな生活が、本当は息苦しくって……。
テレビで見た東京に憧れて、大学進学の時に、徳島を飛び出してやったの。
私が東京に出た頃は、どんどん日本の景気が良くなる頃でね。ちょうど“男女雇用機会均等法”ができて、キャリアウーマンはカッコイイ、ってメディアでもてはやされてたし、私も絶対に仕事で活躍してやるぞ、って思っていた。
ま、実態は、田舎から出てきた、ただのガリ勉のイモ姉ちゃんだったんだけど……。
馬鹿にされたくなくて、一生懸命ファッション誌を読んで、お勉強したのよ。
初任給で憧れのハイブランドのスカーフと香水を買って、肩パッドが入ったスーツの上に纏った……。
仕事では、こっぴどく怒鳴られて泣くこともあったけど、景気が上向きのせいか、どこか底抜けに明るい時代だった。
一日じゅう新聞読んでタバコ吸ってるだけの、謎のオジサン社員もいたし、管理職以上になれば朝、定時に出社してなくても、誰も何も言わなかった。残業も、キツいときはそりゃキツかったんだけど、インターネットなんてないから、どうせ連絡手段も限られてるでしょ。今思うと、色々とテキトーで気楽な部分もあったわね。
約束がある日は、上司に黙ってスーッと職場から退散して、アフターファイブに、賑やかな東京のど真ん中を、肩で風切って闊歩するの。
欲しいブランド物や、行ってみたい話題のお店が次から次へと現れて……。競うように流行を追いかけるのも、なかなか楽しかったわ……」
「栗栖さんのお話を聞いているだけで、楽しい雰囲気が伝わってきますね! 」
「そうねぇ……。その後、バブルが崩壊して、景気が悪くなったのはちょっとね……。私自身は政府系の金融機関に勤めていたから、雇用に対する不安はなかったけれど、バブル崩壊の後始末や、その後の金融改革の影響で、心を病んでいく先輩もいたわ」
栗栖さんの表情が曇った。
「江鳩の事も……私の責任は大きかった、と思っているのよ。本当はあなたたちに依頼する少し前から、彼の表情が冴えない事には気付いていた。
でも、私がボスなんだから、何かあるなら彼の方から相談してくるべきだ、と思って、黙って見ていたの。そしたら、あんなふうになってしまって……」
「そんなふうに、思っていらっしゃったんですね……」
「あぁ……ちょっと喋りすぎたかしら。めまいが……」
栗栖さんは顔をゆがめた。顔色が悪い。
「ナースコール、押しましょうか」
「……大丈夫よ」
病棟ナースだったころの習慣で、ベッド脇に置いてあったガーグルベースを咄嗟に手に取り、栗栖さんの背中をさすった。
その時手に感じた身体の線が、意外に細くて、『Folks Japan』で見た時の、輝かしいキャリアウーマンの栗栖さんが、突然、ただの1人の人間のように思えた。
…………人間ってみんな、外では強そうに見えても、実は弱いところがあるものなのかもしれない。
しばらく様子を見たあとで、私は帰ることにした。
「足立さん、ありがとう。今日は楽しかったわ。是非また遊びに来てちょうだいね」
帰り際、栗栖さんにそう言われて、近いうちにまたお見舞いにお伺いする約束をした。




