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第9章|弱肉強食の世界 <5>江鳩さん面談 2回目 心理的安全性

<5>




「…………なんか、大変な面談、でしたね」



 帰る江鳩さんを出口まで見送ってから、鈴木先生に声をかけた。


メンタル不調者と面談をしていたのに、いきなり会社の不正の話になってしまった。

しかも、栗栖さんはそれに気づいているのか、いないのか……。



鈴木先生と2人で、事務所の中を歩く。



「今回の面談で明らかになった問題点としては、①チーム内の『心理的安全性』が成立していない、②このままでは事態の打開策が見当たらない、でしょうか」



「心理的、安全性……? 」私が鈴木先生の言葉を繰り返した。



「はい。今回のケース、『X社』と江鳩さんの間、江鳩さんと栗栖さんの間、どちらの関係性においても、“心理的安全性”が崩壊しています。そのため、江鳩さんは部下を信頼できず、自分の上長にはミスや悪い報告を正直に言うことができず、業務遂行上のストレスを溜めているようです」



「“心理的安全性”って、何ですか」

今日、初めて聞いた言葉だ。



「説明すると長くなるので、これを読んでください」


ちょうど『セルフケアルーム』の前を通ったので、本棚から鈴木先生が一冊の本を取って、差し出した。


「序章、のところに概要が書かれていますので」



「あ……はい」


差しだされた本の序章に書かれていた文章を読む。



―――『心理的安全性(psychological safety)』とは、ハーバード大学教授のエイミー・C・エドモンドソンが1999年に提唱した概念です。

彼女は論文の中で“チームの心理的安全性とは、チーム内で対人関係におけるリスクをとっても大丈夫だという、チームメンバーに共有される信念”と定義しました。―――



(うーん……わかりにくい……)

海外の人が書いた定義を、そのまま和訳したような文章で、目が滑った。



「『心理的安全性』は、ここ数年、人事やマネジメントの業界で流行している言葉です。

“アイデア、質問、懸念、または間違いを率直に述べても、チームメンバーから罰せられたり屈辱を与えられたりしない、という感覚を持てること”

……とも表現できるかと」

鈴木先生が続けた。

「この言葉が世に広まったきっかけは、Googleの社内調査により、チームが成果を上げるにあたって、『心理的安全性』がいかに大切であるかが再確認されたことです。

Googleのリサーチチームが4年にわたって調査分析した結果では“誰がチームのメンバーであるか”よりも“チームがどのように協力しているか”が、成果達成の重要なカギであった、とのこと。

さらに、数多くの協力手法の中で有効性が圧倒的に高かったのは、くだんの『心理的安全性』であり、心理的に安全なチームは離職率が低く、収益性も高い、との結論を出しました」



「『心理的安全性』があるチームは、人が辞めないし、儲かるんですね……! 職場にとっても、そんなチームが作れれば、いいことづくめですね」



「はい。しかし、『心理的安全性』を醸成するには、通常、それなりに仕込み時間が必要です」



「日頃の関係性が大事、ってことでしょうか……」



「そうです。今回のように既にこじれてしまっているケースでは、上司への個別提案と、行動改善への早急な働きかけが必要でしょう。

しかし、栗栖さんと江鳩さんの関係性を、“疑心暗鬼”から、“心理的に安全な関係”に変えていかないと、江鳩さんが倒れるのが先か、チームが崩壊するのが先か、どちらにせよバッドエンド・ストーリーになってしまいます。

組織全体の本格的な改革には時間がかかりますが、個人間の関係修復であれば、個別のカウンセリングで状況を変えられるかもしれません」





……なるほど。




でも、私の頭の中に、ひとつの疑問が浮かんだ。




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