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第9章|弱肉強食の世界 <4>江鳩さん面談 2回目 産業医との会話

<4>


「……なるほど。出向先『X社』の不正を知ってしまい、しかしそれを上司に報告するのは躊躇われる、という葛藤が、江鳩さんの精神的不調の一因だったのですね」鈴木先生が言った。



「そうです。でもそれだけではないと思います」

江鳩さんが言う。

「普段から栗栖さんのマネジメントは、細かすぎるんです。『正しさ』にこだわって、マメな報告を求めてきます。でも報告すると、“こうするべきだ”、“これをしなければならない”って、イシューのコアを外した、バリューの出ない追加タスクを出されます。……前職でも過重労働なんて当たり前のようにしていましたが、栗栖さんの元で働いていると、別のストレスがあると感じるんです」



「“イシューのコアを外した、バリューの出ない追加タスク”……、とはいったい何ですか? 」鈴木先生が言った。



「あ……すみません。この業界にいると、すぐ横文字言葉を使ってしまって……。僕が言ったのはつまり、“企業価値を高めることに直結しない、趣味の領域みたいな、綺麗ごとのお化粧”ってことです。

投資会社は、投資家からカネを集めて、投資をして、増やして返します。我々のお客様は、投資家です。投資家の関心は、自分が預けたカネが増えることです」

江鳩さんが、眉間に深い皺を寄せた。

「預けたカネが、汚い事に使われるのは嫌だ、と思う投資家は多いですよ。でも所詮、経済の世界は弱肉強食なんだ。いくら綺麗ごとを並べても、『儲かりませんでした』と言えば納得しないのが投資家だ。根底にあるのは人間の強欲でしかない。預かったカネからプラスが生み出せないなら、『ジュリー・マリー・キャピタル』の存在価値は、ない」



「そのような意見を、栗栖さんに伝えたことはありますか」



「……ありません。そんなことをしたら僕は会社を追い出されてしまいますよ」



「そういうことだったのですか……話してくださり、ありがとうございました」


「幸い、体調は回復してきているので、仕事は続けられると思いますけど」



「で……でも……僭越ながら」

私も勇気を出して発言する。

「江鳩さん。『X社』で起きたことを、正直に会社側に申告されないと、根本的な解決にはならないと思うんですが」



「それは、足立さんの仰る通りです。でも、僕は僕なりのイグジットを考えたいんです。やるしかない……やるしかないんだ……。もう少し、時間をください」



部屋に、しばしの沈黙が流れた。



「……わかりました。『就業制限(残業禁止)』を推奨、という産業医意見書を会社側に提出しておきます。次回面談の日程については、栗栖さんとご相談の上、江鳩さんにお知らせします」



残りの時間で、鈴木先生が手短にストレス対処法や生活上の注意点を話して、今日の面談時間が終わった。



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