第9章|弱肉強食の世界 <1>江鳩さん面談 2回目 セルフケアルーム
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金曜日。江鳩さんが、2回目の産業医面談を受けるため、『株式会社E・M・A』にやってきた。
今日は、鈴木先生にオンラインでの臨時面談依頼が入ってしまった。江鳩さんの面談開始ぎりぎりまで、鈴木先生はそちらの対応で手が離せないため、まずは私から江鳩さんに『セルフケア』についてご紹介する段取りになっている。
事務所に現れた江鳩さんは、前回お会いした時より、少し元気そうだった。
「こんにちは。少し、体調は回復されましたか?」聞いてみた。
「ええ……。というか、面談場所が『ジュリー・マリー・キャピタル』じゃないだけでも、かなり気持ちが楽なんで」
確かに、江鳩さんの顔色は前より良く、表情が柔らかかった。
「そうですか! 良かったです。さぁ、こちらへどうぞ」
私は江鳩さんを“セルフケアルーム”へご案内した。
この部屋は、『株式会社E・M・A』のオフィスの一角に設置されていて、インテリアは黄緑、黄色、オレンジなど明るいビタミンカラーで統一されている。
ここに定期的に外部の人が通ってくることはないけれど、何かの折に来訪した契約先企業の社員さんに、ストレス対処の方法を学んでもらうのに役立てようと、緒方先生が作った部屋だそうだ。
ナチュラルウッドカラーの本棚には、様々なストレス対処方法……例えば『認知行動療法』『アサーション』『職場コミュニケーション』などについて書かれた本のうち、スタッフが厳選したお勧めのものを揃えてある。ちょっと変わったものでは、写真集や詩集も置いてある。
他にも、アロマオイル、枕のサンプル数種類、ビーズクッション、気持ちを書き出すためのノートなどもさりげなく置いてあって、自由に手に取って使い心地を試すことができる。
ヨガマットも置いてあるので、靴を脱いで、保健師と話しながら、少しストレッチをすることもできる。
人それぞれ、ぴったりくるストレス解消法は違うので、押し付けず、色々な方法をご提案できるようになっていた。
私は部屋を見せながら紹介した。
「この部屋の名前の由来になっている『セルフケア』は、“労働者自身がストレスに気付き、それに対処するための知識・方法を身に付け、実践すること”です。ちょっと難しい言い回しですが、自分のストレスに早めに気付いて、上手に付き合う方法、というカンジでしょうか。
メンタル不調になられたとき、そして不調を予防するとき、メンタルの『セルフケア』は、とても大切なんです。この部屋の本やサンプル、是非、ご自由に手に取ってご覧くださいね」
“セルフケアルーム”は、小さなスペースではあるけれど『株式会社E・M・A』の本気セレクトが詰まった場所なので、訪れた人にはけっこう好評だ、と先輩保健師さん達が言っていた。『株式会社E・M・A』は、高級路線を貫く方針らしく、オフィスも立派だし、こういう所も手を抜いていない。ちょっとしたショップのような、ワクワク感がある場所に仕上がっている。
「へぇ……これ、いいなぁ」
しばらく本棚を眺めていた江鳩さんは、星の写真集を手に取った。
「その写真集、素敵ですよね」
「ええ……癒されますね……」




