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第5章|サクラマス化学株式会社 南アルプス工場 <19>東京へ帰ろう

<19>



「あの……。鈴木先生……。酔いは、大丈夫ですか。お水、買ってきましょうか? 」



いま、私と鈴木先生は、駅で東京行きの特急電車を待っている。



 「南アルプス工場」の、今日の準夜勤シフトの社員さんは、富士田さんに言われて、機械の影に一時的に隠れていただけだった。


結果的に、南アルプス工場の業務は今日も問題なく回るということが分かって、一同、ひと安心だった。


 富士田さんの意見を聞いた工場長と岩名さんは、もう少し話し合いをしたいと言ったので、私と鈴木先生は、先に東京へ戻ることになった。



「ん。全然、問題ありませんよ。僕はお酒、一滴も飲んでいませんので」


「なっ……。じゃあ、さっき持っていた、あの酒瓶はいったい……」


「ああ。あれは、事前に中身を水に入れ替えていました」


「でも、先生、工場長と一緒に飲んでいたんですよね? 」


「工場長には、工場長室に飾ってあったウイスキーを飲んでもらいました。工場長は糖尿病の持病がおありですが、『ウイスキーに含まれる糖質は0.0gに対し、日本酒に含まれる糖質は一合当たり約6.5g』。純アルコール20gあたりのカロリーも『ウイスキー140kcal、日本酒は約200kcal』。よって健康上の観点から、工場長にはウイスキーのほうをお勧めしたのです。

そして“僕はウイスキーが苦手で日本酒が好物だ”、という設定にしましてね。日本酒の瓶に入れて持参した、水道水を飲みながら、工場長と語り合っていたわけです。ああ……、でも本当は僕、ウイスキー、好きなんです。工場長室にあった、あの国産ウイスキー、今は品薄で貴重になってしまった銘品です。あるところには、まだあるものですね。僕も勤務中でなければ、あちらを飲みたかったですよ……」


「なっ……。鈴木先生って、そんな演技もされるんですね」


「産業医として、富士田さんの意見にも一理あると思いましたので。しかし、働く人の安全と健康を守るために、ただ情報を羅列して伝えるだけでは、相手に受け止めてもらえないこともあるでしょう。硬軟取り混ぜていくことも時には大切です」



――――”鈴木セブン”。 今日の朝、福島さんからもらったメールを思い出す。


鈴木先生って、銀縁眼鏡の、無表情の、ただのカタブツと思っていた。


鈴木先生にこんな一面があったなんて、意外だ。

一緒に働いてみなければ、きっと気付かなかった。



 

 ……働くって、面白い。




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