第5章|サクラマス化学株式会社 南アルプス工場 <18>富士田さんの声
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鈴木先生の言葉を、富士田さんが継いだ。
「工場長……。工場長が三交代シフトに参加していた頃の準夜勤・夜勤要員は、社員3名体制でした。しかも、当番じゃない社員も、ダラダラ夜遅くまで会社に残っていましたから、人手は豊富でした。困ったら事務所に行けば、大体、ベテランの先輩たちが見つかったもんです。
ですが今はコスト削減で、準夜勤帯と夜勤帯には、この広い工場を、最低限の各2名体制で回しています。社員の高齢化と、長時間労働抑制で、先輩社員が事務所に残って、酒を飲みながら語らってるようなことも、ありません。
そんな中で、もし急な体調不良などでシフトに穴が空けば、さすがに社員たった1人で準夜勤、夜勤をさせるわけにゃいかないから、誰かが穴を埋めなければならない。仕方なく新島や俺が、日勤のあと、やむを得ず続けて準夜勤帯に働くことや、いったん休憩に入って日勤と夜勤を担当するっちゅうような無理が、たびたび、起きていました」
「しかも新島さんはまだ若手で、全ての機械の操作に習熟していない部分もあったようです。しかし、2人きりの体制で、相方が休憩中だったりすれば、回らない頭でプレッシャーに耐えながら事態に対処せざるを得ない。……ちょうど今の、工場長と同じように」
鈴木先生が眼鏡に手を添えて言った。
「な……なに……っ。と、とにかくサイレンを止めろ! 工場がヤバいだろ! 冗談じゃないぞ!!」
工場長の言葉に、富士田さんが機械を操作する。
「ご安心ください。これは訓練モード。実際には機械トラブルは起きてません」
「ふ……富士田ァ!! お前。諮ったな。まあ……、と、とりあえず、良かった」
工場長がその場に座り込んだ。
安堵したのか、先ほどの威勢と打って変わって、力なくうなだれている。
富士田さんが、工場長に向かって叫ぶ。
「ウチは下請け体質の製造業ですから、売り上げが景気にかなり左右されます。リーマソ・ショックの時なんか、本当にひどかったです。さっぱり注文がなくなり、文字通りの、開店休業状態で。
工場長はあの頃、毎日のように、管理部長と一緒に、出かけていらっしゃいましたよね。矢豆さんを問い詰めたら、“社員の給料が支払えないと困るから、追加融資のお願いで、銀行に頭を下げて回ってる”……って白状してくれましたよ!
しかし、自分も、みんなも。景気が苦しいときだって、ひと月も遅れることなく、これまで、ちゃんと給料は、支給されてきました。それはひとえに、雇用継続を第一に考えて走り回ってくれていた、工場長のおかげです。
でも、最低限ギリギリの人数でシフトを回していれば、どこかに歪みが出ます。
新島は、ただでさえ子育て世代で、子供が夜泣きすりゃ、狭い家の中で、自分も目が覚めるんですよ。無理なシフトに組み込むのは、あまりにも大変そうで、日頃から心配してました。
今回、新島が脚立から落ちたのは、本人の不注意なのか、疲労の蓄積によるものか、それはわかりません。疲労の原因が仕事か育児か、それも、俺にはわかりません。
けど、俺や工場長が仕事に夢中になって、長時間労働で時間費やしているうちに、この国の若者は、とんでもない貴重品になっちまったんですよ。さっき、鈴木先生が教えてくれました。少子高齢化のせいで、2040年になれば、俺らが若かったころと比べて、日本の0歳から19歳の若者人口は、“約半分”にまで減っちまうんだそうです。
俺自身は、もうこんな年齢になっちまったから……、これから一生、妻も子供も、持つことはないでしょう。
けど、この工場で働いてくれる、新島みたいな貴重な若手社員が、働きやすい会社だと思い、欲しいなら欲しいだけ、4人でも5人でも子供作ろう、って前向きに思えるような、そんなふうにしていかなきゃ、日本の未来も、この会社の未来も、お先真っ暗です!
……新島のやつ、本当は奥さんから『パパの育児休暇』取ってくれ、って、頼まれているんです。でも自分が抜けたらシフトが回らないから、会社に言い出せないんですよ。
アイツが根性無しじゃないことは、一緒に働いてきた俺が保証します。戻ってきたらきっとまた、一生懸命に働いてくれます。工場長、人員補充と、新島の育児休暇、本気で考えてやってくれませんか。俺はこれまで通り、現場を支えます。工場長には、工場長にしかできない仕事を、どうかお願いしたい!!」




