第5章|サクラマス化学株式会社 南アルプス工場 <17>富士田さんVS工場長
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私たちが急いで工場内に入ると、工場の中央通路のど真ん中に、富士田さんが仁王立ちで待っていた。心なしか、富士田さんの身体から湯気が立ち上っているようにも思える。迫力があった。
――――ヴーッ、ヴーッ、ヴーッ。ヴーッ、ヴーッ、ヴーッ。
社屋に鳴り響くサイレンは続いている。
工場長が叫ぶ。
「富士田ァ! なんじゃこの状況はァァァア! お前がやったのか! 早く止めろ! 」
「工場長……。あなたが止めればいいじゃないですか」富士田さんが睨みつける。
「なんだと!? お前、こんなことをしおって、大事故になったら我々もろとも、フッ飛ぶんだぞ! ふざけるな!! 」
工場長がひとつの機械に飛びついた。
その機械の上部では、パトカーのサイレンのように回る赤い警告灯が光っていた。
なんだかまずそうな状況なのは、私にもわかった。
「こんなもの俺だって……ん?」
工場長の手が止まる。
「この機械は数年前に入ったやつだ。導入時には操作を一緒に習ったが……普段は使っていないから……おい! 矢豆! 準夜勤チームのやつを呼んでくれ!」
富士田さんが答える。
「工場長、準夜勤チームは今日、いません。俺が帰しましたので」
「何ィィィ!!? お前、こんなっ……とにかく、……早く止めろ!! 」
工場長のこめかみに青筋が浮き上がっている。
まるで熊のように、工場長が富士田さんに掴みかかろうとした。
でも、工場長の足元がもつれた。
近くにいた矢豆さんが咄嗟に、バランスを崩しかけた工場長を支える。
「工場長、その匂い。アルコール飲んでますよね?工場長が元柔道選手であり、充分に強いのは知ってますが、さすがに、酔っ払って喧嘩したら俺に勝てませんよ。自分も、日頃から本気で鍛えてますんでね……」
富士田さんがボクシングのような構えをする。
袖まくりをした、二の腕の筋肉が盛り上がっている。
すわ、戦闘開始か、と、場に緊張が走った。
そのとき、鈴木先生が口を開いた。
「……工場長。さきほどの飲酒ペースとあなたの身長体重、肝機能から推定しますと、現在の推定血中アルコール濃度は0.03%ほどでしょう。言い換えると『酒気帯び運転レベル』です」
「鈴木先生! それがどうしたっつうんだ! 」工場長が吠える。
「これはまるで、労災に遭った新島さんの、夜勤シフトの日のようですね。彼の日常の一コマ」
「鈴木先生、新島くんは、勤務中にお酒を飲んだりしていませんよ!! 真面目な社員ですから! 」矢豆さんが苛立ったように言う。
「ええ。彼はお酒を飲んでいませんでした。しかし、脳の集中力は、酒気帯び運転レベルまで落ちることが常態化していたと推察されます」
「どういうことだ! 」工場長が怒りで声を荒げる。
「複数の医学的研究により、人間の『脳』の集中力は、長時間は持たない事が知られています。起床から13時間が経過した時、人間の集中力は低下し、ほぼ『酒気帯び運転』のときと同レベルになる。さらに起床から15時間が経過すると、集中力は『酒酔い運転レベル』まで急落します」
「ウチは長時間労働も、させていません!」矢豆さんがまた叫んだ。
「ええ……一か月のトータル労働時間を計算すれば、そうなりますね。しかし、先ほど労働基準監督署への提出資料の事前確認として、勤怠表の実績を拝見しました。その結果、少し違った景色が見えてきました」




