第5章|サクラマス化学株式会社 南アルプス工場 <14>保健師の裏工作 その2
<14>
「新島さんが脚立から落ちたのは、こちらの場所です」
「なるほど、わかりました。とにかく大きな事故にならなくて良かったですね。ではそろそろ、事務所に戻りましょうか」
矢豆さんが労災の概要を繰り返して、現場を案内してくれた。
岩名さんは状況を把握し、納得したようだ。
労災の現場は、工場の入り口部分だ。転落時に使っていた脚立は既に片づけられているし、せいぜい、新島さんが替えようとしていた電球の位置を確認するくらいしか、やることもない。
私は、何度も携帯電話を確認しているけど、まだ鈴木先生からの合図がない。
早くしてよ鈴木先生、と内心毒づく。全く、何をやっているんだろう。
事務所に戻ろうとしている矢豆さんと岩名さんの背中。
自分が任されている仕事の意味がわからない。
でも、足止めしないと……。
「あ、そうです! その前に、女子トイレについて、わたくし足立から、ご提案したいことがありました。さぁさぁ!! いい機会ですから、皆さんご一緒に、おトイレへ行きましせんか! 矢豆さんも是非!」
**************************
(あ~、もう時間が持たない。どうしよう)
女子トイレが工場から遠いので、工場内で働いている女性社員に不便であること、できれば個人の持ち物を入れておける棚などがあると、生理用品を持ち歩かなくてよいことなどを話した。
でも、そろそろ時間切れ。
そう思っているとき、鈴木先生から、ついに待ちわびたメールが届いた。
――――――――――『作戦決行』
――――シンプルなメールの文字。来た。作戦決行の知らせだ……!
鈴木先生のメールを見て、心の中で練習していたセリフを口に出す。
「おっとっと。突然、会社から電話がありました。ふわ、ちょ、ちょっとだけ、失礼致します」
物影に身を隠して、富士田さんに、急いで電話をかけた。
先ほど富士田さんと打ち合わせた符丁は確か、『フジヤマノボレ』。
……ふと、冷静なツッコミが頭をよぎる。
――――ん?? 私、今、いったい何をやってるんだろう??
これって産業保健師のお仕事なんだろうか……。
よくわからない。
でもまぁいいか。私は所詮ド新人。言われたことを、言われた通り、やるだけだ。
「富士田さんっ。フジヤマノボレです。作戦決行、ヒトナナ・ゴーマル。よろしくお願いします」
受話器の向こうから、富士田さんの低い声が聞こえた。
―――― 「フジヤマノボレ。ヒトナナゴーマル。…………了!」
――――その時。ヴーッ、ヴーッ、ヴーッ。工場内部から、けたたましいサイレンの音が鳴り響き始めた。




