第5章|サクラマス化学株式会社 南アルプス工場 <13>保健師の裏工作 その1
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鈴木先生が工場長室に入っていったあと、私は事務所に取り残された。
さきほど助けてくれた女性事務員の吉野さんと雑談をしていたら、矢豆さんが事務所に戻って来た。
「あ、足立先生。まだいらっしゃったのですか。労災現場のチェックも終わりましたし、そろそろ東京へお帰りになって頂いても、大丈夫ですよ」
矢豆さんが言う。
「あ~……いや、あの……せっかくなので、本社から人事課長の岩名さんがお越しになるまで、待たせて頂こうと思っておりました」
「そうですか……なんだか申し訳ありませんね。そういえば……鈴木先生はどちらへ行かれたのでしょうか」
内心、ギクっとする。
“僕から合図があるまで、岩名さんと矢豆さんを、引きつけておいて下さい”……という鈴木先生のムチャ振りを思い出す。
「え~、実は、鈴木先生は、どうしても工場長と、二人で話がしたいとおっしゃって、工場長室に……行かれております」
「そうなんですか? 一体、何の話でしょうか」矢豆さんが、不審そうな顔をする。
「さぁ……私にはわからなくて。でも、終わるまでは絶対に入らないようにと、強く言いつかっております。その間、何かあれば、保健師の、わたくし、足立が、万全に、ご、ご対応させて“頂きまする”ので!」
緊張しすぎて、語尾が時代劇の忍者みたいになってしまった。
その時、吉野さんが声をかけてくれた。
「人事課長の岩名さんが、東京本社から到着されました」
事務室に、岩名鮎子さんが入って来た。午前中に名刺交換をして東京本社で初めてお会いしたばかりなのに、なぜか岩名さんの顔を見て、少しホッとする。
「ハァ……ハァ……。あ、足立さん。すみません。全速力で仕事を片付けたのですが、こんな時間になってしまって」岩名さんは本当に急いだのだろう。肩で息をしていた。
「岩名さん、お疲れ様です!」
吉野さんが冷えたお茶のペットボトルを岩名さんに差し出す。
「あ、ありがとうございます。……。あれ、鈴木先生はどちらに……?」
汗をハンカチで拭きながら、岩名さんが鈴木先生の不在に気づく。
……まずい。
「え~、あの、鈴木先生は、工場長と現在、一対一の”面談中”、だそうですので! あ、そうだ。せっかくですので、労災事故の現場を一緒に確認しに行きませんか? 矢豆さんも是非、ご案内お願い致します。さぁ!さぁさぁ!!」




