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第1章|無職の女 足立里菜 <4>都営新宿線その3

<4>


東京メトロの駅間はそれほど長くない。声をかけようか。迷いながら見ていたら、電車が次の駅に着いた。



―――曙橋ィ―曙橋ィ。あけぼのばし駅に到着です。お降りのお客様は……



 ドアが開く。あの人は?立ち上がるだろうか?ううん。降りる様子はない。私が目を付けている、例の太った男性は、瞼を固く閉じたままで、動かなかった。



――――ドアがァ、閉まります、ご注意ください……



 車内アナウンスが流れたが、この駅で乗り降りする客は殆どいなかった。

 


(もう、行くしかないか。助けなきゃ……。)



 覚悟を決めて、近寄って小さく声をかけてみた。


「あ、あの……、だ、大丈夫、ですかっ?」


 返事はなかった。ただ、電車が動いた揺れに負けたのか、その瞬間、男の人の身体が大きく前方に倒れ込んだ。


「キャッ」


まずい、落ちる、と思って、急いで両手を伸ばして支えたけど、意思が感じられない肥満体の重みは想像を超えていた。重すぎて、支えるつもりが覆いかぶさられたような恰好となって、私も一緒にバランスを崩して、間抜けな声を出しながら転んでしまった。


ドサリ、と派手な音が車内に響いた。



「あっ……あ、あのっ、具合、悪いんですか。どこか、痛いですか」



 意識レベルを確認しようと思って、肩を強く叩いたけど、返事がない。

ヤバい。この人、もう意識がないみたいだ。



助けを求めて周囲を見回したけど、車内の人々は驚いたように一斉にこちらを見つめているだけで、応援に来てくれる気配がない。



(ど、……どうしよ、……どうしよう、どうしよう)



 ドクンドクン、ドクンドクン。肉感の強い巨体の下敷きになりながら、焦りと混乱で頭の中が真っ白になりかける。



どうしよう。どうしたらいいか、わからない。でも、ここはなんとか責任を持って助けなければならない。だってこの人、予想通り、急病人だ。そして私は……看護師。


見知らぬ高齢者の肥満体を押し戻しながら、必死で段取りを考えた。


その時だった。



「あなた、大丈夫? 私、医者ですよ」



 頭の後ろから、凛々しい声が聞こえた。


 振り返るとそこには、綺麗に黒髪を巻いて、上品なスーツを着た、細身の女性が立っていた。


その人の年齢は……多分、お母さんくらい?ぴんと背筋が伸びていて、見るからにエネルギッシュな自信に溢れていた。


どうして、こんな平日の昼間の時間に、ドクターが電車に乗っているんだろう?

でも、助かった。きっとこの人は頼れる。直感的に思った。


「あっ、はい。手伝ってください。この方、ちょっと前から、具合が悪そうだなと思っていて。声をかけたら、意識がないみたいなんです」


「わかったわ。見せて」


修羅場に動じる様子もなく、その女医は慣れた手つきで患者の脈を探った。



「脈が不整。心房細動ね。たぶん脳塞栓を起こしてる。あなた、一緒に次の駅で降ろすわよ」


「は、はい、わかりました!」


 女医がしゃがみこんで手際よく状態を確認する様子を見て、やっと周囲の乗客も、力を貸そうと近寄って来てくれた。



次の駅はもうすぐだ。



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