第5章|サクラマス化学株式会社 南アルプス工場 <7>ベテラン女性社員 甲斐さん その1
<7>
「本当に……申し訳ありませんでした……もう、大丈夫です……」
「足立さん、少し回復されましたか。良かったです」吉野さんが言う。
運ばれた「休養室」のベッドの上に横になり、目をつぶって休んでいたら、だいぶ楽になった。
「吉野さん、ちょいと工場の中のお連れさんに、知らせてきてよ。あたしはここにいるから」
先ほどトイレでぶつかった、高齢の女性が言った。
「わかりました。甲斐さん、足立さんを見ていてください。よろしくお願いします」
吉野さんが休憩室から立ち去った。
「甲斐さん……。助けて頂いて、ありがとうございます」
「いいんだよ。あたしもちょっとあの時、急いでたからさ、ぶつかってゴメンね」
「急いでいた……?」
「ああ。あたしは工場の中で働いているんだよ。でもさ、工場内部から女子トイレって、かなり距離が離れているのさ。業務の合間を見計らってトイレに行くんだけど、ゴーグルとか防護具の付け外しもあるし、往復するとそれだけで15分はかかるんでね……あんまり長時間、持ち場を離れるわけにはいかないでしょう。それに……」
甲斐さんは、気まずそうに言葉を継いだ。
「……あんたも見ちゃっただろ? あたし、普通の生理用品じゃ間に合わないから、恥ずかしながらオムツを使ってるんだけどさぁ……、あれの新しい替えのやつを、女子ロッカーに取りに行く必要があるんだよ。そんで、また使用済みのを、ロッカーに戻しに行く時間が必要なの。うちの会社は、交代で社員がトイレ掃除をするからさ、男性社員が女子トイレを掃除する日もあってね。見られるのが嫌だから、トイレには捨てられないんだよね。ウチの会社“ゴエス”が徹底してるからさ、工場内には、事前申請していない私物は、持ち込めないし」
「そうだったんですか……。そういえば、先ほど富士田さんも“ゴエス”って言っていました。それ、何ですか?」
「あー。“ゴエス”は“5S”のことだよ。“『整理』『整頓』『清掃』『清潔』『しつけ』の頭文字をとって、『5つのS』”って意味だよ。職場で事故を起こさないように、“5S”に気を付けるよう、日頃から厳しく言われてるんだ」
「課長の富士田さん、とても厳しそうな方ですもんね……」
「いやいや、そんなことないよ。ウチは工程に、数十キロある薬品を持ち上げたりする作業もあるんだけど、富士田さんは“ご婦人には重いものを持たせられない”って、いつも代わりにやってくれるよ。あたしはもう58歳。でもここじゃ、今でもレディ扱いしてもらってる。他の人達も皆親切だし、だからこそ、女子トイレに行くための中抜けが、申し訳ないんだ」
「あっ、そういえば、今はお時間、大丈夫なんでしょうか?」
「うん、大丈夫よ。急病人を介抱するって、連絡入れておいたからね」
「ありがとうございます……。」
――――さっきのオムツ。偶然みちゃった……。けど……。ほっておけないよね……。




