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第5章|サクラマス化学株式会社 南アルプス工場 <4>工場長 河上熊次郎さん

<4>



「おや、矢豆くん、そちらが産業医の先生かい……」



 部屋に入って来たのは、ずんぐりとした体型の男性だった。矢豆さんと同じ作業着を着ている。背丈はそれほど高くない。浅黒い顔に、大きな団子鼻と大きな口。その口が、来客の前でも無遠慮に“ヘの字”に結ばれているところから、この人は偉い立場の人かなぁ、と直感的に感じた。



「あ、はい。工場長。こちらお二方は『株式会社E・M・A』の、産業医の鈴木先生、保健師の足立先生です。普段は東京本社の健康管理をご担当頂いているのですが、富士田が暴れていたこともあり、急遽お越し頂きました」



「お忙しいところ、誠にありがとうございます。工場長の河上です」


 工場長が、名刺を差し出した。



--------------------------------

サクラマス化学株式会社


  南アルプス工場 工場長

        河上かわかみ 熊次郎くまじろう


--------------------------------



「先ほどまで、労災事故の被災者に会いに行っておりまして。皆さんをお待たせしてしまいました。……で、矢豆くん、産業医の先生にお越し頂いて、本社の人間は誰も来ないのか」



「あ、はい。実は、あいにく本日、人事部長はベトナムに海外出張中でして。人事課長の岩名さんが、のちほどこちらに来るようですが、月末の締め処理やどうしても外せない来客対応があり、到着は夕方遅くになりそうとのことです」



「そうか……しょうがないな。まぁ、新島くんには悪いが、大した労災じゃないよ。本人の不注意で、脚立から落ちたんだ。主治医からの説明に私も同席したけど、骨は折れていないそうだ。ただ、腰の痛みが強くて、『腰部打撲 約2週間の休業を要す』だそうだ。……鈴木先生、2週間後には、職場復帰できますよね? 」



「状態にもよりますが、骨折などが見られない単純な打撲であれば、痛みは時間とともに改善する可能性が高いですね。痛みのピークは受傷から3日ほどの炎症期であり、そこから治癒が進むにつれて痛みは軽減していくでしょう。治療の第一選択肢は“保存療法”つまり安静にすることです。無理に復帰を急がせず、2週間が近付いたら、復職に関する主治医の意見を、再度確認しておいたほうがよいと考えます」



 滔々(とうとう)と語る鈴木先生を見て、あ、やっぱりこの人はお医者さんだったのか、と思った。



「そうですか―――、まぁ、2週間ならギリギリ、なんとかなるか、ならないか……。シフトを組むのに、頭が痛いなぁ……」工場長が天井を見上げる。



「工場は、シフト制なんですか?」私が尋ねる。



「ええ。うちの工場は24時間稼働していましてね。三交代のシフトを組んで、回しているんですよ。でも新島くんが抜けると、正直、痛いなァ……まぁいざとなったら、工場長の私がシフトに入るしかないか……」



「工場長みずから、シフトに入るだなんて。工場長には、工場長としての責務があります。しかも、持病の糖尿病もおありなのに……」矢豆さんが焦った顔で言う。



「なぁに。大丈夫さ。私らが若い頃は、朝から翌朝までぶっ続けで働いて、さらに翌日も働く……なんて当たり前だったんだ。そのうえ、帰りに酒まで飲みに行ったりしてさ。最近の日本人は、働き方改革、ワークライフバランス、とか言って、どうかしてるよ。一生懸命に働かなければ、競争に負けるし、儲からないんだから。あのヒーロー・マスクだってさ…… あっ、 写真が、 ない!!!」


 指差した先の壁に貼ってあったヒーロー・マスクの写真が剥ぎ取られていることに気付いて、工場長が声を上げた。



「あ……、ヒーロー・マスクさんの写真は、先ほど、富士田さんが剥がしました。確か、“ゴエス!”とか言って……」



「あの野郎! 勝手な真似しやがって! あとで説教してやるわ!」



「ま、まぁまぁ、工場長、落ち着いて。今の富士田さんと直接対決はまずいですよ。工場長だって、“富士田くんが午後休憩のタイミングで襲撃してくると思うから、15時15分すぎてから帰るね”って、おっしゃっていたじゃないですか……」



揉み合う工場長と矢豆さんを眺めていた鈴木先生が、口を開いた。



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