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第5章|サクラマス化学株式会社 南アルプス工場 <3>自己責任の怪我?

<3>


「ええ。あれは自衛隊を真似ているのです。『0(ゼロ)』を『マル』と言い、『1(イチ)』を『ヒト』と言う。さらに時間を四桁の数字の羅列で表す、というような独特のもので……。この工場では15時から15時15分に、午後の小休憩があります。『ヒトゴーヒトゴー』は、『1515』ですから、15時15分のこと。持ち場に戻らなければならない時間、という意味でしょう」



「休憩時間をきっちり守る。律儀な方ですね……」私は言いながら、矢豆さんと富士田さんの絡み合いでずれた応接デスクを、さりげなく直した。



「ええ……。彼は職人気質でもあるので、持ち場を守るというプライドはあるんですよ。うちの工場は、化学物質を取り扱ったり、金属の処理加工を行ったりしている工場ですから、工程をうまくコントロールしないと、大事故につながりかねません。勝手な行動をすると、即、命の危険にもつながるので、ちょっと変わったところがあるものの、富士田課長の統率力が役立っている部分があります。工場内では、機械音や炎の音で声が聞こえにくくなりますから、自衛隊法式の数字読み上げも、聞き間違いが起きにくいというメリットがあり、会社として、黙認しております……」

 


「何故、富士田さんはあんなに暴れていたのでしょうか」



「実は……、今回起きた労災事故の被災者、『新島にいじま すなお』は、富士田がよく可愛がっていた、製造部・生産課の若手社員なんです。ここは田舎ですし、今どきの若者に工場勤務はあまり好まれないようで、いつも採用募集はかけていますが、なかなか応募がありません。そんな中でやっと、一人前にまでなりつつあった新島が、今日、労災事故に遭ってしまったものですから、富士田は動揺しているようです」



「どのような労災事故だったのですか」鈴木先生が身を乗り出す。



「それが……工場の中核部とは無関係でして。新島が、脚立に上って、工場入口の電球を交換しているときに転落しましてね。腰を強打し、起き上がれなくなって、救急車で運ばれました。不幸中の幸い、と言いますか、先ほど申し上げましたように、うちの工場の内部には、常時1200℃を超えるような、高温の塩浴焼入れ槽なんかもございますが、そういうものと接触するような事故ではなかったんですよ」



「なるほど……」



「ヘルメットを着けていましたので、頭部は守れていたと思いますし、運ばれていく時にも意識はしっかりしていました」



「新島さんは、最近、長時間労働されていたことはありませんか」鈴木先生が訊く。



「ありません。2019年に『働き方改革』で法律が変わってから、ウチの会社も、過重労働で無理をさせないように、社員の勤務時間を厳しく管理するようになりましたから」



「本人の単純な不注意による転落。長時間労働で疲労が蓄積していたということもなくて……では、今回、会社側の落ち度というのは……」私は、矢豆さんの方を見て、問いかける。



「ない、と思っています。個人的意見ではありますが……」




 その時、工場長室のドアが開き、もう一人の男性が入って来た。




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