第4章|サクラマス化学株式会社 東京本社 <9>ピットフォールとクーデター!?
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「岩名さんのこと……鈴木先生、お詳しいんですね」
「ええ、まぁ。産業保健の仕事は、まずその会社を知ること、から始まります。企業の担当者として対応にあたってくださる社員さんは、その会社を知るための“窓”です。毎月一回、会社に訪問している中で、業務が少ない月もありますので、そういう時にスキマの時間で担当者の方が話していた内容は、必ず頭に入れて、産業医業務にあたっています」
「……。岩名さん、働く女性の大変さ、色々と経験されてきたんですね、きっと」
――――何十社も履歴書を送って、就職先が決まらない……
女性だからと、違う扱いを受ける。
もし社会人になる時、最初からそんな壁があったら、心が挫けそうだ。
それに私、福利厚生、とか、定年近くなった自分が仕事を続けられるのか、とか、そういえば、考えたこともなかった。
「そうかもしれませんね。しかし一方で、彼女は『サクラマス化学株式会社』で、歴代、最も出世している女性社員でもあるのです。厳しい時代を強く生き抜き、実力で周囲に認められてきた人です。僕は、おそらく次の人事部長になるのは岩名さんだろうと推測しています」
「事前に自分で調べてもいるし、働く女性としての観点も持っている。じゃあ……岩名さんは、今日、我々に何を求めていたんでしょうか?」
「実は、その答えは僕にもわかりません。ただ、おそらく、彼女が欲しかったものは二つでしょう。一つは、人事部長に上申する際の『お墨付き』。あの様子では、社内の女性社員の意見は既にまとめていると思いますが……、事前に男女両方の視点から医療職にもアドバイスをもらい、前向きな賛同を得ていれば、上司に申し立てやすいですから」
「なるほど……では、もう一つは何ですか」
「『新しい視点』。厚労省の抽象的なお題目には書いていない、先進的な他社の取り組みや、気を付けておくべき”落とし穴”のたぐい」
「落とし穴、……」
――――その時。私と鈴木先生の携帯電話が、同時に鳴った。
スマホの画面を確認する。
「あ、すみません。緒方先生から着信です」
「僕のほうは、高根さんからの電話ですね、ちょっと失礼します」
スマホの画面に表示された、受話器のマークを押す。
……緒方先生の声。
―――あ、足立さん。今、まだ鈴木先生と一緒? 実は『サクラマス化学株式会社』の南アルプス工場で、労災事故が起きたの。
それで、なんだか社員さんが、“クーデターを起こす”って暴れているみたいで、状況確認のため、うちの会社に、緊急訪問の依頼連絡が来たわ。
足立さん、鈴木先生と一緒に、今すぐ山梨に行ってきて。頼んだわよ!




