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第9章|弱肉強食の世界 <31>栗栖貞乃の回想 その3

<31>




―――それは、もちろん。

心当たりは、無数にあった。



投資の話をするために経営者に会いに行っているのに、失望したような表情をされたこと。同行している男の部下のほうばかりを、相手が見て話すこと。面前では丁寧に扱われたのに、帰社してから“次は男性の担当に変えてくれ”という電話が入ったこと……。


それが悔しくて、ナメられないようにと、見た目に人一倍、気を遣った。

同期の男性の2倍、勤勉に努力してきた。



「……マックエクセル・アンド・カンパニーが2007年に出した、主要国の女性役員比率のデータによれば、女性役員がとくに多い欧州企業89社は、企業の自己資本利益率(ROE)、利払いおよび税引前利益、株価上昇率が同業平均より高かった。つまり女性も平等に出世できる会社のほうが、経済的にも強みがあることがデータからわかっているのに、未だに日本の上場企業の女性役員比率は、()()()()に混じって()()()()()()()()

その中でも、特に金融・投資業界は男性偏重傾向が強いのは、ご存知の通りです。

……栗栖さんはこれまで、金融や投資の業界で、超一流クラスまで出世できた女性に、いったい何人、出会われましたか?

『男女平等』が大前提の社会のはずが、この業界では、“主役”として活躍できる女性が数えるほどしかいないのは……どうしてなんでしょうかね? 

中東の某国では、企業経営者になること・男性と一緒に働くこと・女性が単独で出張することなどが制限され、女性がパスポートを取得して外国に行くには男性親族の許可が必要だ。そのような国で暮らす女性と、完全に男女平等で、自由な先進国のはずの日本の女性。ビジネスシーンでの活躍が同程度なのは、何故なんだ」




――――そう。男女差別など、現代の日本社会には存在しないはずだけれど、確かにこの業界にはまだ、“ガラスの天井”が存在していることを、私は知っている。




――――ある人は言った。

“外資系投資銀行や有名コンサルタント会社は、男でも病んで潰れるほどのハードワークだから、女性には続かないんだよ”、と。




――――誰かが密森に学歴差別の有無を問われたら、こう答えるのかもしれない。

“10代で努力して勉強で結果が出せるやつは、その後も勉強し続けて、キャリアアップできるだけの地頭と素質を持っているのさ”、……と。



……でも、本当にそうなのか。

前提が、間違っているんじゃないのか。

そもそも()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()んじゃないか……? 




意識のどこかで、疑問符のライトが、チカチカと断続的に点滅する。



もしかしたら密森は、そんな理不尽の苦味を、私と同じように、腹の底で味わってきた人物なのかもしれない……。



「栗栖さん……。金曜の夜に、大手町か六本木の小洒落(こじゃれ)たバルに飲みに行きますとね、名門大学を卒業して、めでたく外銀や、名のある戦略コンサルに就職して女にモテまくってる “選ばれし若きサラリーマン”の姿が、嫌でも目に入るんですよ……。

あいつらはいかにも賢そうで身なりも品もいいし、やたらと男同士で仲良くつるんでるから、すぐそれとわかる。

でもねぇ……

僕は、これまでさんざん、経営者という人種と出会い、自分のこの身体と、五感で学んできたんだ。

社会の上澄みで、マネージャーの言う通りにパソコン画面と長時間格闘して理屈をこねくり回している、ケツの青い20代そこらのガキ共には得難い経験値を、僕はこの手で掴んできたはずだ! 」


密森が拳を握りしめた。


「栗栖さん。僕は……、歓迎されていないという理由だけで、チャレンジもせずに、諦めるわけにはいかないんですよ。あなたにも、この気持ち、わかりますでしょう?」




私は、自分が首を縦に振ったあとで、思わず密森の言葉に同意していたことに気が付いた。




()()にだってきっと、きっと彼らに負けない何かが、あるはずなんだと信じている……!」




彼は、ぎゅっと視線を押し込むように、私の目を見つめた。


「ですから、どうか僕を採用してほしい。あなたのファンドで働くチャンスをください。

僕は、旧態依然としたこの日本のビジネス界の、金融エリートの中では『異分子』だ。しかし。異分子は多様性を生み、多様性は組織を強くする。

決して、栗栖さんに、損はさせません……僕を採用してほしいんです!! 」




いつの間にか私は、完全に密森のペースに飲み込まれていた。


そして、このような異例の面接の結果、多少悩んだものの、結局私は彼を、『ジュリー・マリー・キャピタル』のメンバーとして迎え入れてみることを決めたのだった………。



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