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第2章|株式会社E・M・A <3>赤坂の事務所/高根さんと初対面

<3>


(うわ……オフィスフロアも、めっちゃ豪華だぁ……) 



 緒方先生との約束の時間になって、意を決してエレベーターに乗り込み、到着した18階フロアは、とてもお洒落なところだった。


エレベーターから降りると、まず正面に「株式会社E・M・A」のロゴが掛けられていて、ワンフロア全てが、緒方先生の会社の事務所となっているみたいだった。


電話機と花が置かれた受付スペースを通り抜けると、応接スペースのほかに、奥にいくつかの個室がありそうだった。天井から吊るされたライトは、病院の無機質なそれとは全く違って、モダンなデザイン。ところどころに観葉植物や、絵画も飾られている。

しかも、受付正面の、一面の大きな窓からは、辺りのビル群が遠くまで見渡せる。視線を上げると、明るい水色の空が気持ちよく広がっている。港区エリアで駅に近接、という立地の良さを考えると、このオフィスを使うのには、かなりのお金がかかりそうだ。



さてどうしよう、と受付電話を眺めていると、奥の方のデスクに居た男性が立ち上がって出迎えてくれた。


「足立さんですね、お待ちしておりました」


 年の頃は緒方先生より少し下で、50代半ばくらい?でもその姿は、加齢による劣化を感じさせない。身のこなしが執事みたいにエレガントだ。


(イケオジ、って感じだなぁ……)

 イケオジ、というのは、“イケてるオジサン”のことだ。


「初めまして。副社長の、高根たかねと申します」

彼が名刺を差し出してくれたけど、私は、どうリアクションするべきかが分からず、ただ恐縮して丁重にそれを受け取った。


「あ、あわわ、足立里菜といいます。私、名刺を持っていなくて……すみません」


「いえ、結構ですよ、お気になさらないでください」


------------------------------------

株式会社E(イー)M(エム)A(エー)


   税理士/社会保険労務士

   副社長  高根たかね 雅人まさと


------------------------------------



「緒方社長は今、別の者と面談中でして。恐縮ですが、こちらで少々お待ちください」


高根さんの後ろについて歩く。薄いグレーのチェック柄スーツに白いシャツ、黒いニットネクタイ。礼儀正しさは損なわれていないのに、余裕のあるオシャレ心を感じさせる服装。高根さんのソフトなキツネ顔にぴったりだ。


ソファに案内され、高根さんが飲み物を勧めてくれた。いくつかの選択肢の中からコーヒーを頼んだ。


「なんだか物凄く素敵な場所で……緊張してしまいます」


高根さんが自ら届けてくれたコーヒーをズズズ、と啜ると、薫り高くて美味しかった。何を話してよいかも見当つかず、うつむいていると、高根さんがパンフレットを見せてくれた。


「足立さん、緒方社長から聞いていらっしゃるかもしれませんが、うちは企業様に対する、健康関連サービスの提供を行っています。メインとなるのは産業医サービスです」


「産業医……」


 産業医。看護学校の保健衛生の授業で、聞いたことはあった。でも、直接に出会ったことはない。

今まで、私が知っているドクターは、病院のお医者さんとして働いている人ばかりだった。


「ええ。日本では法律で、社員50名以上の事業所に、『産業医』を選任することが義務付けられています。しかし巷に存在する産業医の、質はピンキリですからね。弊社の場合は、クオリティの高い産業医サービス、保健師対応、心理カウンセリング、簡単な法律相談といったことをパッケージでご提供しています。おかげ様でご好評を頂いており、一部上場企業をはじめ、幅広いお客様にご契約を頂いております」


高根さんは、何度も何度もこの説明を繰り返しているのかもしれない。原稿もないのに、スラスラと話してくれた。


「なんか、凄いですね」


「ありがたいお言葉です。なお、弊社の社名『E(イー)M(エム)A(エー)』は、”employment medical advisor”の頭文字からとっております。緒方社長はイギリスに留学歴があり、イギリスでは産業医のことを”employment medical advisor”と呼ぶことから、この名前をつけたそうですよ」


「そうなんですか……。あ、あの、私……先日、緒方先生に、この事務所で一緒に働かないかと言っていただいたのですが、大丈夫でしょうか」


 私がそう言うと、高根さんは心底驚いた顔をした。



「えっ……緒方社長がそんなことを? あなたに? あ……そうですか……」



 高根さんの眉間に、少し皺が寄せられた。やっぱり私、ここに来ちゃいけなかったかな……と思ったその時、




――――それ、厳しすぎるでしょ!!




という声が聞こえた気がした。声に気をとられて、うっかりコーヒーカップを落としそうになったけど、なんとかぎりぎり持ちこたえた。


ほぼ同時に、ガラス張りの個室から、若い男性が1人出てきた。その表情は険しく、こちらをチラリと見たのみで、会釈をして足早にオフィスから立ち去った。


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