運転するモノ:怒りのデスロード
彼女にラインを送ったが、既読が付かなかった。電話にも出なかった。
彼女も古いロックが好きだった。ジミヘンもボウイも普通に知っていた。
しかし何故、『Aladdin Sane』のアルバム名が出てきたのか謎だった。
もしかして、あの派手なオレンジ色で、派手な流線形のスポーツカーのことはみんなが知っていることなのではないだろうか。ドライバーのこともみんなが知っていることなのではないだろうか。
ロックTシャツを着た猫なのか、実は生きていて背の低いジミ・ヘンドリクスと実は生きていて背の低いデビッド・ボウイが同じ車をシェアしているのか、或いは実は生きていて背の低いジミ・ヘンドリクスと実は生きていて背の低いデビッド・ボウイに似た二人の人物が同じ車をシェアしているのか、或いは別の車なのか、或いはロックTシャツを着た透明人間なのか、誰もが常識的に知っていることなのではないだろうか。
僕は検索してみた。車のこと、猫のこと、透明人間のこと、国道のこと、例の交差点のこと、ジミ・ヘンドリクスとデビッド・ボウイのこと。一晩かけて検索し続けた。しかし、ネット上には何の情報もなかった。僕はキーボードを壁に投げつけた。
翌日は会社だったが、そんなことはもうどうでもよかった。仮病で休んだ。
午後になると、車を出した。
バイパスを東に向かい、旧道を西に向かった。
四周目だった。
交差点で停まっていると、例の派手なオレンジ色で、派手な流線形のスポーツカーが右折してきて、僕の前に入り込んだ。
このチャンスを逃す訳にはいかない。後を尾けた。
派手なオレンジ色で、派手な流線形のスポーツカーは、例の交差点で左折した。
そのまま走り続けた。
突然左ウィンカーを出すと、高速のインターに入った。僕も後に続いた。後ろからクラクションが聞こえた。
この時には、既に夜になっていた。
向こうはETCレーンを通り抜けた。僕は現金用のレーンで、チケットを引っ掴んだ。
本道に入ると、相手は追い越し車線で加速した。瞬く間に僕の視界から消えてしまった。僕も負けじとアクセルを目一杯踏みつけた。
ドライバーを確認するには、相手の左横に並ばなくてはならない。
夜とは言え、車はそこそこ走っている。トラックが多い。
左車線に入り、やっとの思いで追い付くところで、トラックに邪魔されてしまう。
何度目かのチャレンジで、やっとチャンスが訪れた。
相手の左横に並び、運転席を覗き込んだ。
「これか」
僕は思わず呟いた。
相手は更にスピードを上げた。
僕は相手に合わせて、さらにアクセルを踏み込んだ。
ふと前を見ると、トラックの後部フェンダーが目の前にあった。
衝撃が走り、僕の車はコントロールを失った。
気が付いた時には、道路上で完全にひっくり返っていた。
派手なオレンジ色で、派手な流線形のスポーツカーは、上下逆さまの世界で暗闇の彼方に消えていった。
どこからか何かが燃える臭いがした。
しかし、そんなことはもうどうでもよかった。
何もかもが、もうどうでもよかった。