運転するモノ:ニューフェイト
ナンバーが同じなのか確認は出来ていなかった。
しかし、恐らく同じ車だろう。
あんな派手なオレンジ色で、派手な流線形のスポーツカーにそうそうお目にかかれる訳がない。猫という共通点もある。猫はアメリカン・ショートヘアー風で、同じに見えた。
問題はその猫がプリントなのか、ドライバー本人なのかわからないことだ。
ロックTシャツが好きな猫なのか、実は生きていて背の低いジミ・ヘンドリクスと実は生きていて背の低いデビッド・ボウイが同じ車をシェアしているのか、或いは実は生きていて背の低いジミ・ヘンドリクスと実は生きていて背の低いデビッド・ボウイに似た二人の人物が同じ車をシェアしているのか、或いは別の車という可能性も捨てきれない。
今度は準備に万全を期すことにした。
出かける前に、ドラレコのメモリを消去した。
いつものようにバイパスから旧道へと入った。
まだ日没までは間があった。
例の交差点からはかなり手前の信号で車を停めていると、助手席の窓を叩く音がした。振り向くと彼女がいた。何故、彼女がここにいるのだ。僕がドアのロックを解除すると、彼女が車に乗り込んできた。信号が変わったらしく、車列が動き始めた。
しばしの沈黙の後、彼女が口を開いた。
「ねえ、何やってんの?」
「いや、ちょっと」
僕は口ごもった。説明するのが面倒だった。
「ラインも全部既読スルーだし、電話しても出ないし」
その通りだった。派手なオレンジ色で、派手な流線形のスポーツカーの追跡を始めて以来、彼女に連絡を取っていなかった。しかし、何故ここにいることがわかったのだ。
何を言うべきか迷っていると、例の交差点に来ていた。ふとバックミラーを見ると、後ろにいたのは国産の白いセダンだった。
「あの車を探してるんでしょ」
彼女が言った。
「ああ、そうだ」
「あのね、あれは猫じゃないの」
「猫じゃない」
「そう」
「じゃあ、ジミ・ヘンドリクス」
「違うわ」
「デビッド・ボウイ」
「ジミヘンでも『Aladdin Sane』風のボウイでもないの」
「じゃあ何なんだよ」
僕は思わず怒鳴っていた。
信号が青になった。気を取り直して一息吐いた。車をそおっと発進させた。
集中していないと、アクセルを踏み付けそうだった。
しばらくすると、彼女が口を開いた。
「あれはね」
ここで言葉を切った。
再び赤信号で車を停めた。彼女がおもむろに口を開いた。
「あれはね、透明人間なの」
「とうめい……」
僕が振り向くと、彼女はドアを開け外に飛び出すところだった。
後方からクラクションが鳴った。
前を見ると、信号が青に変わっていた。
再び振り向いてバックミラーを見ると、彼女の姿はどこにもなかった。