運転するモノ
信号が赤に変わった。
僕は交差点で車を停めた。
西日が眩しくて、サンバイザーを下げた。
「うわ」
ふとバックミラーを覗くと、思わず声を上げた。
「どうしたの」
助手席の彼女が驚いて言った。
「いや、これ」
僕がバックミラーを指差すと、彼女が覗き込んで言った。彼女の頭が僕の肩に触れた。
「うわ、猫だ」
最近流行っているのか、何度か見たことがある。
シートのカバーに猫の顔がプリントされていて、バックミラーからは、ちょうど人の顔の位置に猫の顔が見えるようになっている。猫は丸顔で、グレーの縞が入っている。恐らくアメリカン・ショートヘアーか何かだろう。YouTubeで動画をよく見る。大きな目がこちらを見つめている。その目からは何の感情も読み取れない。
「あれ、やめてほしいよね。ビビるんだよね」
車は派手なオレンジ色のスポーツカーで、確かヨーロッパ製だ。恐らく何千万円もするのであろう。
隣には女性がいた。猫同様に、まんじりともせず前を見つめている。
しかし、どこか違和感があった。
「あれ、おかしいよね」
「え、何が」
「いや、左ハンドルなんだけど」
彼女が再びミラーを覗き込んで言った。
「ああ、確かに」
ダッシュボードからハンドルの上部が覗いている。
信号が青になり、僕は直進した。
後ろの車は左折して、ミラーから消えた。
代わりに軽トラックが後ろについた。こちらは普通に右ハンドルだ。
僕の見間違いだろうか。いや、確かに左側にハンドルらしきものがあった。今目の前で見たのだ。間違いとは思えない。
「あれ、誰が運転してんだろ」
僕は誰にともなく呟いた。隣で彼女が言った。
「猫じゃないの」
「いやいや、そんな訳ないじゃん」
僕が振り向くと、そこに彼女はいなかった。
そこにいたのは、猫だった。