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11 トール=シチリは呪わない3

 その魔法使いは、引っ込み思案で臆病で、おまけにとっても弱っちいことで有名だった。

 魔法の腕はいつもビリ。成績も平凡。どんくさいし足も遅いしなにも無いところでつまづく。

 すぐに倒れるし池に落ちるし木からも落ちて骨折する。

 箒でうまく飛べないし、魔法もちょっとしか使えない。


「だめだめだ……」

「そう思いますでしょう?」


 そのかわり、魔法使いはまじめな男だった。優しい男だった。

 その男が倒れたのは、ケガした子供を癒そうとして無理して魔法を使ったから。

 池に落ちたのは、村人の一人が落ちそうになったのを必死で庇ったから。

 木から落ちたのは、降りられなくなっていた猫を下ろしてやろうとしたから。


 だからその魔法使いは町のみなから好かれていた。

 誰もが一度は、その不器用な魔法使いに助けられたから。


「そんな魔法使いがある日、お姫様に恋をしたのですわ」


 城の下を歩いていた男の顔に、花びらがぽつんと落ちてきた。

 見上げると、金髪に青い瞳のその国のお姫様がその柔らかそうな髪の上に花冠を乗せて笑っていた。

 こちらを見る魔法使いを見つけて、誰もいないはずなのにとお姫様は驚いた。

 その姿に、魔法使いは一目惚れしてしまったのだ。


「魔法使いはお城を出られないお姫様に毎日お花を届けるようになりました」


 春のふわふわと柔らかい花、夏の明るく力強い花、秋のしっとりと優美な花、冬の凛としたたかな花。

 お姫様が外を知れるように。季節を思い出せるように。


「お姫様もまた、まじめで優しい魔法使いにちょっとずつ惹かれていくのです」


 箒から落っこちそうになりながら、それでも塔のてっぺんのお姫様の部屋に毎日やってくる魔法使い。

 お姫様はそれがうれしくて、いつもにこにこ笑うようになった。

 魔法使いからもらった花を大事に大事に部屋に飾って、窮屈なお城の中でもいつも明るく過ごすようになった。


「そのお姫様のお父さん、国の王様は、いつも無理して頑張っていたお姫様が元気そうに笑っているのを見てほっと安心して、お姫様をお嫁に出すことにしました」


『半年後、城で決闘をして最後まで残ったものに姫を渡そう』


 そうお触れを出した。


「王様、空気読めないね……」

「いつでもどこでも、父親というものは空気を読めない生き物でございますわ」


 娘が笑顔で過ごすためにたくさん考えた結果だろう。

 一番強い男の元なら、更に安心だと思ったのだ。


 そう納得したものの、魔法使いは困ってしまった。

 自分はお世辞にも力が強いとは言えない。なんならよわよわのよわである。

 屈強な男たちのこぶしが魔法使いにふれれば、ひょろひょろの自分は一発でお陀仏だ。

 魔法だってちょこっと火やら水やらが出るだけで、到底歯が立たないだろう。


「そこで魔法使いは努力したわ。毎日走ったし、魔法を練習しました。箒で飛ぶ練習も。

町で一番強いおじいさんに弟子入りして武術を習いました」


 最初は無理だろうと笑っていた町の人たちもだんだん魔法使いを応援するようになった。

 自分たちが助けられたことを思い出したからだ。

 みんなの手助けも加わって、魔法使いはもっと努力した。


 そして半年後、決闘の日がやってきた。

 右を見ても左を見ても、屈強な男たちがずらり。

 魔法使いは一人ひょろりと細長く、筋肉に挟まれてプルプル震えた。


「ルールは簡単。何を使っても構わない。舞台の上から落ちたら負け。殺すのは厳禁。それだけですわ」


 闘いのゴングが鳴った。

 男たちは鼻息荒く、次々に殴り殴られ、そして落ちていった。

 魔法使いはしょっぱなから屈強な男に囲まれだんだん舞台の端に追い詰められていく。


「右ストレートが火を噴きましたわ」


 屈強な男の、である。

 魔法使いは吹っ飛んだ。空のかなたまで。

 あまりの吹っ飛びように、見ていたお姫様は泣いてしまった。

 魔法使いを応援していた町のみんなは落胆した。あんなに頑張っていたのに、と肩を落とした。


 そこまで話してマドカはミルクティーをまた一口飲んだ。

 もちろんこれで終わりではない。


「有名な格闘家ブルッス=スリーの言葉にこんなものがありますわ。『闘うものたちよ、風になれ』」

「まさか……」

「ええ」


 魔法使いは帰ってきた。

 なんとか箒につかまって、落っこちそうになりながら。


 彼は落ちない練習をしていたのだ。絶対にあきらめたくなかったから。


 また誰かの強烈なフックが炸裂する。

 また戻ってくる。

 何度でも、何度でも。


「結局最後まで残っていたのは魔法使いだったのですわ。疲れ切った最後の相手と、ぼろぼろの魔法使い。最後に魔法使いが箒でえいっとやって勝ちました。お姫様は笑ったわ。それはそれは嬉しそうに。楽しそうに」


 それを見て王様は驚いた。

 その笑顔は王様が安心したあの笑顔だったからだ。

 そして王様も愉快そうに笑った。大丈夫だ。この魔法使いなら、姫をきっと幸せにできる。


「よいですか? 『一番強いもの』というのは、力のあるものでも、剣の腕が優れたものでも、ずる賢いものでもありませんわ。最後まで生き残ったものです。

誰かを幸せにするために、自分にできることを見つけたもの。

それを一心に継続し、磨いたものこそが強いのです。

それが、誰かを守ることのできる強さだと、そうは思いません?」

「ぼくにもあるかな。できること」

「ありますわ。必ず」


トールはまた、ガラスの器をじっと見つめる。


「ハトリ様、こちらに来てくださいまし」


 そおっと萌黄色がふたつこちらを覗いた


「……いいのかマドカ嬢」

「いいもなにも、全部聞いてらしたのでしょう?」

「だって小さくたって男だ何が起こるかわからん」

「……」


 マドカがなんと返せばいいかわからず無言でいたら、うしろからタクマが現れた。

 ほかほか湯気を立てるおかわりのミルクティーと、トールにだろう二皿目のプリンアラモードののったトレーを持っている。


「うわぁ……余裕のない男は嫌われるっすよハトリ様」

「なにを言うおれはいつも余裕のある男だ」

「トールくんのことが心配なら『心配だ』って素直に言えばいいじゃないっすか……」


 はあとため息をついて、タクマは中に入ってきた。

 ことんとトールの前に二皿目のプリンを置く。


「はいどーぞ。そこの素直じゃない我が主から。君の勇敢さとその覚悟に敬意を表するよ」

「おいタクマ」

「ねー素直じゃないねー困っちゃうねー」

「おい待てタクマコラ」


 トールはおろおろと二人のやり取りを眺めた後、ふふっと笑った。

 そしてプリンをパクパク食べる。

 マドカは必死で無表情を死守する。せっかく笑顔になってくれたのに、マドカも笑ってしまったらだいなしだ。


「ハトリ様、ノーブルの町の初級学校に手紙を出したいのですが」

「やあ奇遇だな。こんなところにおれのサイン付きのレターセットがあるぞおれの気に入りの万年筆も」

「……侯爵家二つ分の権力、使う気っすか」


 やれやれとタクマが首を振る。

 トールがハトリの足に抱き着いた。

 ありがとうと繰り返して。

 ハトリはそれを振り払うでもなくされるがままになっている。


「トールくん。君はよくがんばった。つよくてやさしいすごい男だ。カッコ悪くてもダサくても、好きな子のために泣けるいい男だ。同じ男としておれは尊敬する。この先もしっかり守れ」

「はい」

「それからひとつ助言するなら、女性は綺麗なものが好きだ。喜ぶぞ。告白するときは贈り物をしろ。ガラス細工とかな」


 トールが訝しげにマドカの方を見る。

 本当? とその目が聞いている。

 まあその通りなので、マドカは頷いた。少なくともマドカはそうである。


「なんでマドカ嬢に確認するんだ……」

「一応じゃないすか? ハトリ様ってぱっと見アレだし」

「アレってなんだアレって」

「アレはアレっす」


 ハトリとタクマのやり取りを見て、マドカの方を見て、それなら得意です、とトールはまた笑った。


「またいつでもおいでくださいな。二人分のプリンを用意しますわ」

「うん。絶対来るよ。レーナもつれて。ぜったい!」

「はい」


 トールは嬉しそうに笑う。

 そしてマドカの顔を見てさらににこっと笑った。


「やっぱり、笑った顔もすてきだよ。マドカおねーちゃん」


 しまったわとマドカは頬を押さえた。

 トールにつられたのかもしれない。

 ハトリが顔をあげた。マドカはいつもの無表情に戻っている。


「……」

「おいトールくん。ずるいぞ君。マドカ嬢の笑顔なんておれも見たことがないのに」


 トールは年相応の生意気さを発揮した。

 ドヤ顔である。


「おいトールくん。トールくん?」

「またね! ハトリおにーさん」


 イヒヒといたずらっぽく笑い、ハトリの足にもう一度ギュッと抱き着くと

 何度も大きく手を振ってトールは帰っていった。







「……マドカ嬢」

「なんですの?」

「その……いや、なんでもない」


 おれには笑ってくれないのか、という言葉を、ハトリは結局飲みこんだ


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