宰相令息は譲れない
どうぞよろしくお願いします
「ハトリ坊ちゃん、そろそろクジョウ家の方々がお見えになります。お出迎えの準備を」
ここは海に囲まれた国・サンライズ。その宰相を務める一家、イチノミヤ家。
質実剛健にして怜悧冷徹。
世の中の万事を見通し、平にせんと努力する国の要。
国の北方に位置する領地は厳しい寒さにも耐え抜くたくましい領民が住まう。
そんな彼らを人々はこう呼んだ。
『北の守護神』と。
そんなイチノミヤ家に長く仕える侍従一家の出で有能と評判の執事、ミノル=ヒロサキは主人にそう声をかけた。
「そうか。承知したヒロサキ。わざわざありがとう。ええっと、菓子と……、気に入りの紅茶と、色紙と本と道具箱も……」
「坊ちゃん、私がツワブキの間に置いておきますゆえ。それでは落としてしまわれますぞ」
「そ、そうだなヒロサキ頼む。ありがとう」
イチノミヤ家の一人息子ハトリ=イチノミヤ、八歳
この会話だけを見たら、彼がまだ年端のいかない少年だとは、にわかに信じがたい。
王国の次期宰相として2歳のころからマナーと礼儀と言葉遣いを叩き込まれた彼は、4歳の時にはすでに、王と普通に会話していた。
そんな凄まじいスペックを持ちながら、それを鼻にかけず、普段の生活ではどこか抜けたところのあるハトリ。
些細なことにも礼を述べることを厭わず、使用人にも隔てなく優しい。
彼は、両親からだけでなく、屋敷中の全使用人から好かれていた。
そして、大変聡い。
普段の姿からはなかなか想像できないのだが、歴史、算術、金融経済、政務等々、多岐にわたる教育は、すでに高等教育の域まで差し掛かっていた。
「ヒロサキ、今日いらっしゃるのは、父上と母上が一目置いているという、あのクジョウ家なのだろう? 堅実かつ実直。研究肌で、政にはあまり興味をお示しにはならないが、『サンライズの英知』と呼ばれるほどに聡明な一族だと」
「その通りです坊ちゃま。彼らは人柄も素晴らしく開拓心旺盛な方々ですよ。少々シャイですが」
ヒロサキはハトリのどこか説明的な話に頷きながら、そう付け加えた。
今日は心なしか浮かれているのか、早口な主人もかわいらしい。
その反応にハトリは何かを察したのか、はっとした顔をして、困ったように笑った。
「そうか。僕と年の近い子もいると母上から聞いて。楽しみで少しはしゃいでしまっていた。すまないな」
ハトリには年の近い友人が少ない。
原因は、この領地の位置する場所である。
国の最北端なのである。1年の3分の1が雪に覆われ、険しい道に閉ざされているため、わざわざこの地を訪れる華族は少ない。
勉学や武道に励み、暇な時間は趣味の紙工作をしたり。
おうち時間をそれなりに楽しんできたハトリだが、そんな彼も時折寂しそうにしていることを廣崎は知っていた。
「謝ることは何一つございません。坊ちゃんの作った紙工作、気に入ってもらえるとよいですな」
「うん。そうだなありがとう、ヒロサキ」
ふわりと微笑むハトリ。
母親譲りの、雪のようなまっしろな髪はやわらかく揺れ、父親譲りの春の新緑のように理知的な瞳は優しく細められる。
そこにいた全使用人の胸がきゅんと鳴る音が屋敷に響く。
イチノミヤ家は、今日も平和である。
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