武蔵:クリスマスボックス試し
武蔵家はいつもテーブルには何もおかれていないが、白い12㎝程度の箱がダイニングテーブルに置いてあったので、遊びに来ていた神崎の妹の遥が箱に気づいて持ち上げた。
「可愛い箱だね。お菓子入れるの?」
「伯母さんのところへのプレゼントを入れようと思って。何がいいと思う?」
キッチンにいた駆流が訊いた。
「まだ決めてないの?」
「うん」
「私だったらムースがいいかな。丁度4個入りそうだし」
蓋を開け閉めするが、特には何もおこらない。
「神崎もそうかな?」
「お兄ちゃん?」
「うん」
「——う~ん、お兄ちゃんはチョコ系が好きだから、チョコムースとかチョコプリンかな」
遥は箱をみて開け閉めしたが、やはり箱にはなにも起こらなかった。
「遥ちゃんは神崎へのプレゼントはもう買ったの?」
「買ったよ。例によってスケッチブック。本当選び甲斐がないよ。駆流もでしょ?」
「紙の種類も沢山あるから楽しいよ」
「心広いなー」
駆流は箱を受け取り中を確認した。もう一度遥に手渡しながら、
「じゃあ、弘伸に何か考えてやってくれないかな?」
「え? 弘伸?」
遥は驚いた声を上げた。
「安くてもいいから」
「え—…」
と言いつつ渡された箱を開ける。カヌレ型が入っていた。重なって入っている。弘伸が作りたいと言っていた菓子だが、まだ作ったことはなく、型もなかったはずだ。
空だったはずの箱に思い描いていたカヌレ型が入っていて、遥は驚いた。
「あれ? いつの間に入れたの?」
「手品の練習してるんだ」
「すごーい。全然わからなかった」
遥は手渡される前に駆流が入れたのだと思った。
そこにリビングと隣接する和室から弘伸がやってきた。宿題をしていたのだ。
「やっと終わったの?」
「悪かったな」
遥は先に終わらせていた。
「あれ? それカヌレの型じゃないの?」
テーブルに置かれた型を目にして近づく。数を数えるために箱から外に出していた。
「遥ちゃんからのプレゼントだよ」
「え?」
突然自分からのプレゼントだと言われ、遥は慌てた。自分は想像しただけだ。
「違うし! 駆流何言ってんのっ」
顔を赤くして否定する遥。
「ははは」
駆流はそれを見て笑った。
事態がつかめないままの弘伸の目に箱が入った。箱を手に取る。じーっと眺めまわし、開け閉めして、検分する弘伸。
「あ、すごいんだよ駆流。さっきその箱からこのカヌレ型をだしたの。魔法みたいに」
弘伸は驚いて、兄に目を向けた。
「手品だよ」
兄の言葉に弘伸は再び箱を見る。普通の箱だ。どこも取り外しできそうもない。疑いの目で見ている弟に駆流が言う。
「弘伸。俺へのクリスマスプレゼントなら、特別なものはいらないからな」
「——でも…」
と言いつつ手元の箱に目を落とし、蓋を開ける。中は空だ。
「——」
しばし無言でながめる。
「弘伸、どうしたの? その箱欲しいの? その箱、伯母さんへのプレゼント入れるらしいよ」
「知ってるしっ、今朝聞いたし」
動揺する弘伸を、駆流は内心でだけ困った顔で眺めた。
夜の武蔵家、家主の詫間が遅くに帰ってきた。武蔵家はみな早寝なので、11時には皆寝ている。
詫間が空腹に冷蔵庫を開けると、上の階から駆流が降りて来た。
「おかえりなさい」
「ただいま。起こしてごめんよ」
「いえ、俺も眠れなくてココアでも飲もうかと思ってましたから。何か作りますよ」
「ありがとう」
キッチンからダイニングに移動した詫間は、白い箱が目に入り取り上げた。
「何だい、この箱。何も入ってないみたいだけど」
軽かったので、そう言いながら蓋を開ける。何も入っていない。蓋を閉める。
その様子を見ながら、駆流が言った。
「伯母さんへのプレゼントを入れようと思って」
「そう。何を入れるの? お菓子とか?」
「——カヌレにしようかと思ってます」
「へぇ」
聞きながら、また蓋を開ける。何も入っていない。
「そういえば弘伸が作りたいって言ってたね。上手くできそうかい?」
「ついでに詫間さんの職場の分も作りますよ」
「いいの? この間のマカロンも好評だったから嬉しいけど」
「初めて作るから、弘伸が色々試したがると思うんです。もらってくれる先は多い方が助かりますから」
「じゃあ、俺のは失敗したのでいいよ」
「弘伸なら初めてでも上手に作りますよ」
「ははは、未来のパティシェに失礼だったかな」
と言いながらも、手持ち無沙汰なのか、蓋をパタパタしている。箱に変化はない。
駆流が、夜食のうどんを持ってくる。野菜が沢山入った卵入りだ。少し離れたところに置き、詫間から箱を受け取り中を確認する。
「宏さん、クリスマスプレゼントは何がいいですか?」
そのまま再び箱を渡しながら聞く。
特に不思議に思うことなく、差し出された箱を受け取って考える詫間。
「そうだねえ。ビールでいいよ。カヌレももらうし」
詫間はにっこり笑って言った。
「わかりました。阿恵に頼んでおきます」
「よろしく頼むよ」
詫間は箱を駆流に返しながら、「あ」といった瞬間、箱ごと手が机に落ちた。箱が重くなったようだった。
「—え? 今、箱が重く―」
驚いて詫間が蓋を開けると、中にビール券が入っていた。
「あれ?」
駆流が箱を取り上げていう。
「手品です。実はビール券をチケット屋で買っておいたんです。驚きましたか?」
「いやー、びっくりしたよ。意地が悪いなぁ。でも本業にできるんじゃないか? 駆流は多芸だね。でもそのビール券は俺にじゃなく芽室さんにプレゼントしてよ。今年もお世話になるんだし」
「——そうですね」
駆流はビール券を、キッチンカウンターの上に置きながら言った。
あるの夕食時、詫間も遅く、神崎も家で食べるため、兄弟4人での食卓だった。
そこで駆流は勝優に相談を持ち掛けた。
「兄さん、伯母さんへのクリスマスプレゼントなんだけど、今回は菓子だけじゃなくてちゃんとしたものを贈りたいんだ」
「いいんじゃないか?お金はできる範囲で折半すればいいだろう」
勝優も軽く答える。
「手袋でいいかな」
「いいんじゃないか。俺が探しておこうか?」
その場にいた闘雄も賛成し、伯母さんへのプレゼントは夫婦お揃いの手袋に決まった。
翌々日、ダインイングテーブルに置いてある白い箱を闘雄が手に取った。
普段は何も置いていないので、台所の駆流に聞く。
「なんだ、この箱?」
「伯母さんへのプレゼントを入れようと思って」
「プレゼントは手袋にするって話だろ。ちょっと形が合わないんじゃないか?」
と言いつつ開ける。中に高級そうな皮手袋が入っていた。二つ折で丁度の大きさだ。ネットで検索していたものに似ていた。
手に取ってみるが、一組一万はしそうだ。
「お前、コレ—どうしたんだ?」
駆流は台所から出てきて手袋を受け取る。満足そうに笑みを浮かべて。
「買ったんだ。今日いいのを見つけたから。無断でごめん。試しに入れてみたけど、やっぱり別の箱に入れるよ」
「どこで買ったんだ?」
「店だよ。いくらずつ負担するかは兄さんと相談するよ」
と言って駆流は箱を持って上の部屋へ向かった。残された闘雄は肩透かしを食らったような気持ちになった。
ある日、ダイニングテーブルに置かれた白い箱を、勝優が手に取った。
「どうしたんだ、これ」
「伯母さんへのプレゼントを入れようと思って」
勝優が蓋を開ける。何も入っていなかったが、勝優は眼で大きさを測った。
駆流はパン生地をこねていた手を止めて、手を拭いて兄のもとへ行った。箱を受け取り、中を確認する手が止まる。
「何を入れるんだ?」
「——何がいいかな…?」
箱は渡さずに聞く。
「菓子でいいんじゃないか?いつもどおり」
それだけ言って、勝優は二階の部屋へ行った。
駆流が再度蓋を開けると、中にペアウォッチが入っていた。高級ブランドものである。蓋を閉めた駆流は、とりあえず自分の部屋に行き、引き出しを開けた。100均で買った白い箱は2つあり、引き出しに入れておいた箱を取り出して開けた。拾得物の届出用紙が入っていた。
駆流はとりあえず、勝優が手にしていた方の箱からペアウォッチを取り出して、紙袋に入れて机の奥にしまった。
(前日譚・他)
「武蔵、このウサギ、鈴風に作れると思う?」
お昼時、阿恵が携帯の写真を武蔵に見せてきた。とても立体的で、阿恵がカギにつけている、妹からもらったというフェルト製のクマのマスコットの技術から考えて、無理である。一緒に映像を見ていた神崎が無常に言い切った。
「無理でしょ。まだフェルトの人形が限界なんでしょ?」
「だよねぇ」
「どうしたの?」
「俺がカメのクッション作るって聞いて、ウサギを作りたいって言うんだよね」
「ちょっと高度すぎるよ。フェルトを2枚合わせた平たいのでいいんじゃないの?」
「だよね…」
阿恵はがっくりした様子だった。
武蔵は黒い布を安く買えたので、芽室用に黒猫の昼寝用枕を作り、阿恵が言っていたウサギも箱に丁度入るサイズで白黒対で作っておいた。
伯母さんに渡す箱も、黒地の布に黄色の刺繍で夜空をイメージしたものにして、100均の白い箱に張り付けてお菓子を入れた。
祥之助が出した菓子は、阿恵が美都さんと武蔵、祥之助、弘伸、遥、鈴風と一緒に菓子を作り、マフィンやマドレーヌにパウンドケーキを作っていた。パウンドケーキを包もうとした時に一本分数が減っていた。
忘れものセンターに届けられた蝶の模様の箱は、武蔵がとりに行ったが保管場所から無くなっていた。
阿恵瑞穂がフリマで見かけたので100円で買ったが、出展者には出した記憶がなかった。
(弘伸のクリスマスプレゼント)
船上が箱を忘れ物センターに届けた後。
駆流が秋徳と学校から家に帰ると、弘伸が待っていた。とても嬉しそうだ。弘伸は目を輝かせて兄に言った。
「駆流。クリスマスプレゼントがあるんだ。特別なのはいらないって言ってたけど、いいのが見つかったから」
「アレは奇跡だよね。運命感じたもん」
いつもどおり遊びに来ている遥も声を弾ませていう。弘伸は部屋にクリスマスプレゼントを取りに行った。
「二人で買いに行ったの? 仲良しだね」
と、秋徳が妹をからかう。最近、同級生に仲が良いことを冷やかされるのが嫌らしく、あまり二人で出かけなくなっていた。
「お兄ちゃんたちほどじゃないし」
遥は意地悪な兄を睨みかえした。
弘伸が二階からハンガーにかかった服を持ってきた。オフホワイトのファア付きのPコートだ。
「古着屋で見つけたんだ」
「ファアは取り外せるんだよ」
駆流はいつも灰色のダッフルコートを着ていた。
「いいの見つけたね。武蔵、着てみなよ」
神崎に言われ、駆流は学ラン代わりに着ている分厚いカーディガンを脱いで、袖を通した。ピッタリだった。
「サイズはどう?」
「丁度いいよ」
サイズが違うかもしれないという、一番の懸念が晴れ、弘伸と遥が喜ぶ。
「高かったんじゃないのか?」
新品同様に見えるし、生地も良さそうだ。
「それが3000円均一のところにあったんだ」
「え?」
駆流も驚きの声をもらした。
「私、店員が間違えたんだと思うなぁ」
「——素材はアンゴラだね。ファーもウサギだし」
コートをめくり、タグを見ながら秋徳が言う。
「でもまぁ、武蔵のサイズは子供服だから、単に売れ残ってたんじゃないの?」
「もー、お兄ちゃん夢のない言い方しないでよ。それでも十分奇跡だし」
「ははははは、そうだね」
「駆流、どう? 気に入った?」
「ああ、ありがとう。一番うれしいプレゼントだよ」
誇張ではなく“あの箱”から出てきた中で、駆流にとっては何より一番うれしいプレゼントだった。