芽室:クリスマス会
県大会前日の土曜の25日、芽室は神崎と武蔵にクリスマス会に誘われ、ミーティング後に武蔵の家に来ていた。
武蔵の家のアプローチは、植木鉢が置かれ、シクラメンが植えられていた。玄関先にはクリスマスらしくポインセチアが置かれている。玄関ドアにはリースまで飾ってあった。次男の闘雄さんの仕事だろう。
ここは来る度に景色が変わっている。正月になったら門松や葉牡丹を飾るのだろう。
武蔵の家はマンションの7階と8階の二階建てになっていて、リビングダイニングが7階で各人の部屋が8階になっている。神崎家は7階の隣の家だ。普通に1階しかない。
神崎は自分の家によることなく、車から降りてそのまま武蔵の家に向かった。
家には小学5年生の弘伸が、神崎の妹の遥と待っていた。
二人は午前中にケーキ作りをしていたらしいが、兄たちが帰ってくる頃には夕食も数品作り終えていて、芽室が持ってくると言っていたメインの鶏を待っていた。
弘伸は駆流のブラコンだ。駆流とは武蔵の名前だが、神崎はいつも武蔵を苗字で呼んでいた。武蔵でインプットされたからもう名前では呼べないというのが本人の言だったが、そういう自分本位な態度が気に入らないのか、単に駆流が家族よりも神崎第一なところが気にくわないのか、弘伸は神崎をあからさまに嫌っていた。
しかし、時々家に行って飼い犬たちと遊んだりする芽室との仲は良い方だった。弘伸は兄と一緒に帰ってきた芽室を、笑顔で迎えた。
3時を過ぎていたが、高校生である長男の勝優と次男の闘雄はバイトでまだ帰ってきていなかった。
「俺は何をしたらいい?」
「副菜作るの手伝ってよ。ローストビーフとかはもう作ったし、ローストチキンは俺たちで作るから」
芽室の質問に弘伸が答えた。ローストビーフは鶏肉がダメな芽室用だろう。鶏肉はダメでも、父親からは丸々一尾捌いたものを、クリスマスプレゼントにと持たされているので、弘伸はそれを使って一尾そのままのローストチキンを作るつもりのようだった。
ダイニングテーブルにはもう、たこのカルパッチョや赤魚のアクアパッツァが置かれている。
駆流と弘伸がチキンの処理をすることになったので、芽室は一人でキャベツを切ってにニンジンをスライスし、コールスローサラダを作った。
料理は三人で作っていたが、時間もあるし神崎兄妹は二人でテレビゲームをしていた。
神崎兄妹の名前は、兄が秋徳で妹が遥だ。神崎が武蔵を名前で呼ばないように、武蔵も神崎を名前では呼ばなかったが、妹は遥ちゃんと呼んでいた。神崎も駆流以外の兄弟は名前で呼んでいる。
芽室は神崎兄妹はいつ来てもいるなぁと思った。今日も武蔵家のクリスマス会に参加するので家では何もしないのだろう。昨日のイブにしたのかもしれないが。
オーブンでの焼き時間は特にやることがないので、芽室たちも神崎兄妹とテレビゲームをして過ごした。
6時頃に二人の兄が帰ってきた。
血のつながりはないが、保護者をしている家主の詫間宏さんは職場のクリスマス会に参加するので欠席で、子供たちだけのクリスマス会だった。
クリスマス会と言ってもいつもより豪華な食事やお菓子を食べるだけだ。食事の後はカードゲームをしようと神崎や闘雄が話をしていたが。
料理は気合を入れて作られたからかどれも美味しく、芽室はタコのカルパッチョも美味しかったが、自分のために用意してくれたローストビーフが一番美味しく思えた。
みんなは鶏肉丸々一尾のローストチキンを、美味しい美味しいと言って食べていた。
「芽室、これクリスマスプレゼント」
弘伸が遥と一緒に作ったらしいブッシュドノエルを食べ終わった後に、駆流が黄色いビニール袋を渡してきた。中身を出すと、黒い猫のかおの形をした昼寝用枕だった。
「阿恵の亀、羨ましがってただろう。お前用に作ってみたんだけど」
阿恵の亀とは、阿恵が文化祭で亀のクッションを作った時に、指導を頼まれた武蔵がワンサイズ小さい昼寝用まくらを、神崎がフェルトでマスコットを作っていたことだ。
阿恵は中に入れる綿を、いらなくなった布団でもあればもらってきてほしいと武蔵に頼まれ、店のお客さんから羽毛布団をもらってきたらしい。処理をするのにひどく苦労していたと神崎から話で聞いていた。羽毛は軽いから飛び散るのだ。
猫の枕も、触った感じ羽毛のようだった。
「でも俺、何も持って来てないぜ」
「いや、お前は鶏肉持ってきてくれただろう」
自分は食べていないとはいえ、晩餐のメイン食材である。駆流は呆れて言った。
「あれは親父からだし」
「おじさんにもこれ」
今度は駆流はビール券を取り出した。
「今年もお世話になるからって、宏さんから」
「いいのかよ?」
「今年もよろしく頼む」
そう言ったのは長男の勝優だった。年末年始に駆流は芽室の家に泊まりに行くことになっているのだ。去年もそうだった。
精神病院に入院している母親が、年末年始に一時帰宅する関係で、駆流は家を離れ芽室の家に泊まらせてもらうことになっていた。駆流は母親と仲が悪いようだったが、詳しい話は芽室は知らなかった。知りたいとも思わなかった。
芽室の家に泊まるまでは、伯母さんの家に泊まっていたらしいが、神崎の側にできるだけいたいという駆流の希望で、芽室の家にお邪魔することになっていた。
普段はどちらかというと無表情で機嫌が悪く思われがちな勝優だったが、この件に関しては本当に感謝しているらしく、深く頭を下げた。
芽室はそれに反し軽く答える。
「別にうちは一人増えるぐらい全然平気っすよ。親父なんか定住してほしいって言ってますから」
「それはダメ!」
武蔵兄弟と神崎兄妹の声がハモった。
母親からは必要とされなくても、他のいろいろな人から必要とされるのなら、それは幸せなことだと芽室は思った。
プレゼントをもらった後は、闘雄が職場の友達にもらったという外国製のカードゲームを、皆で説明書を読みながら何度かやった。基本、勝優、闘雄、神崎、弘伸、芽室でやったが、結局芽室は一度も一番にはなれなかった。一番勝率が高いのは勝優だった。駆流と同じく無表情で、手札が読めない上、最初の手札からして強いのだ。駆流も弘伸に代わって一度だけ参戦していたが、2番手で上がっていた。
神崎の妹の遥は、カードゲーム自体が苦手らしかったが、横で試合を観戦して闘雄を応援していた。遥は闘雄が好きらしい。一番仲良くしているのは、同学年の弘伸のようだったが。
ゲームに参加しない駆流は、台所で明日の料理の準備をひとりでしていた。手伝おうかと芽室が聞いたが、お客さんなのでゲームに参加するように言われ、代わりにではないだろうが、勝率のあまりよくなかった弘伸が中座して駆流を手伝っていた。
9時ごろ、約束していた時間に芽室の父親の斉が迎えに来て、芽室は家に帰った。
斉は駆流が作ったという猫の昼寝用枕を見て、いい出来だと笑っていたが、学校で寝てばかりいるなとは注意しなかった。父親の斉は養鶏所や家庭菜園の仕事には口うるさいが、昔から勉学は国語と数学だけはしっかりしろとしか言わなかった。本人は早稲田大出身で東京の大手の会計事務所に勤めていたことがあるらしいが。
正直芽室は父親とあまり仲良くはなかったが、勉強にうるさくないのには助かっていた。
しかし、真面目な幼馴染がいるので、そちらから勉強しろと言われるのだが。
「クリスマスは楽しかったか?」
「まあ、家にいるよりは楽しかったかな」
「良かったな」
父親の素直な言葉に面食らったが、芽室は何も言わず黙っていた。
家に帰りつき、洗濯物を出そうとカバンを開けて、すっかり忘れていたビール券に気づいた。
「親父、これ親父にって」
ビール券を見て、斉は昼寝枕を見た時のようにまた笑った。
「わかってるなぁ」
「タコの干物と合うんじゃねーの?」
バレー部とのクリスマス会で当たった賞品を引き合いに出すと、
「いや、あれは阿恵さんにあげたよ。俺はイカの方が好きだからな」
と父は答えた。
芽室には酒のあての違いや好き嫌いはさっぱりわからなかったので、ふーんとだけ言った。タコの干物は阿恵のところに行ったとなると、自分はあのクリスマス会では何も手に入らなかったことになるのだろうか。まあ、ピンクのタオルが欲しいとは思えないが。
自分の部屋に行って、座卓の机に座って、もらった猫の枕を使ってみた。
ビロード地の枕は触り心地がよく、顔のうずまり具合も丁度よかった。これならすぐ眠れそうである。
芽室は年末年始のことを考えるとはなく、ぼんやり昼寝枕に頭を預けていたが、本当に寝そうになったので、危険だと頭を離し、ちゃんと布団をひいて寝た。
明日は試合のある日だ。