神崎:行李試し
永良から、家に持つ人によって重さが変わる行李があると言われた神崎は、さっそくその行李を試させてもらおうとした。それを聞いた芽室が気だるげに言う。
「永良の家に行李? 俺も行くわ…。心配だし」
神崎は親友の心配をよそに元気にかえす。
「平気だってー」
「そういうとこが心配なんだよ…」
当然のことながら武蔵もついて行こうとしたが、病院への通院日だった。
「俺がお前も含めて確認するから、病院行け」
「…よろしく頼むよ」
芽室が任せろと言うので、武蔵はしぶしぶ頷いた。
永良の家に神崎と行って確認すると、行李はA4サイズ程度の大きさで、深さは15㎝弱だった。細々したものを入れていたようだ。
芽室は永良の家の上皿ばかりを借り、重さをまず空のままはかりで計り、中に2㎏ほど本を入れてから永良に持たせ、答えを聞いてからまたはかりで計った。次に神崎に持たせてはかりではかる。芽室は自分も同じようにしたが、自分は計量値そのまま、神崎は誤差の範囲で永良の言った重さは500gで明らかに軽かった。
行李を借りて来て武蔵の家で武蔵に試すと、中に荷物が入っていてもいなくても、空だという答えだった。永良もそうだが、嘘を言っている様子はなく、明らかに空の箱を持っているようにみえた。
「お前はこれ絶対に持つなよ! 持つときは確認してから持てよ! どうなってんだよこの箱は!?」
芽室は相次ぐ理解不能の現象に悲鳴を上げた。
永良から行李を預かった神崎は、芽室の悲鳴を無視し、色々な人で行李を調べてみることにした。
まずは武蔵の家で調査する。
とりあえず目一杯文庫本を詰めて試してみた。
リビングの座卓に置いて、自分はダイニングテーブルに座る。
まずは買いものから帰って来た弘伸に頼む。
「弘伸、その行李取ってくれない? 空だから」
弘伸は蓋を開けて中を確認すると、目一杯入っている文庫本に顔をしかめた。
「全然空じゃないじゃん」
「いいから持って来てよ」
笑顔で頼む隣人に、弘伸はむっとしながらも、それほど重そうな感じもなくダイニングテーブルに置いた。
「軽かった?」
「は?」
神崎の問いに眉をしかめる。
普段から買い物をしていて力があるからか、軽く感じているかは分からなかった。
次、闘雄に頼むと、中は確認せず、
「なんだ、空じゃないだろうこれ」
と言いつつも、とても目一杯本が入っているとは思えない動作で運んだ。
最後に勝優に頼む。
「勝優さん、その行李取ってくれない? 中は空なんだけど」
勝優は特に気にせず行李を片手で持つと、重さも軽さも感じさせない動作で行李をダイニングテーブルに運んだ。
「空だった?」
「? 空なんだろう?」
どうやら三男と同じく、重さを感じなかったらしい。
芽室の家でも試してみた。
今度も中には目一杯文庫本を入れた。
裏手の縁側に行李を置き、自分はその縁側に面した、居間として使われているテレビのある8畳間に座った。
「その行李とってくれない。中、なにも入ってないから」
通りかかった従業員の小霧海さんに頼むと、中に何か入っている様子なのを疑問に感じている様子で、それでも目一杯は入っていない動作で運んでくれた。
家主の斉に頼むと、蓋を開けて中を確認してから、「これじゃあ行李が壊れるだろう」と、文庫本を段ボールに入れ替えてから運んだ。
遊びに来ていた和之に頼むと、空だと思って持ち上げ、「何かはいってるぞ」と言って、それでも中は確認せず入っている量よりは軽そうに机に運んだ。
実験の途中、
「おっ前! うちでも試すのやめろよなッ」
と、通りかかった芽室がいきどおりながら縁側に置いてあった行李を持ち上げてよけて行ったが、行李を持つその動作はどうみても目一杯本が入っているようには見えなかった。
(意識の問題? なのかなぁ)
神崎も何度も挑戦したが、すべて誤差の範囲内で軽くはならなかった。
調査はしたものの、人によって効果は違うし、何より自分自身が特に軽く持てる訳ではなかったので、結局神崎は永良に行李を返したのだった。
実はその行李が、武蔵の手に渡ることは、神崎も芽室も預かり知らぬことだった。