武蔵:鍋
他の部員達が帰ったあとの教室で、武蔵は一人、問題集を解きながら神崎を待っていた。神崎はバスケ部に顔を出していても、そのまま直接バスケ部の教室に来ることはなく、美術部員らしく必ず美術室に行ってからやって来た。
そこに、神崎ではなく永良が現れた。一番に帰っている、いや、帰らされているはずの人物である。いてはいけない自覚はあるようで、誰もいないか周りを確認してから、足音も立てずそっと入ってきた。
窓際の武蔵のところまで素早くやってくると、前の席に座った。
普段は1m以内に接近禁止だから、人がいない時を見計らって来たのだろう。武蔵も特に怒ったり避けたりはしなかった。永良が話を持ち掛ける。
「武蔵先輩、よかったらハロウィンにお菓子の交換しませんか?」
「中間が全部70点以上だったら考えてもいいけど」
武蔵は後輩に一瞬目を向けただけで、また問題集に向かった。
「本当ですか?
実はうちに、勝手に料理を作ってくれる鍋っていうのがあるんで、それで試しにお菓子が作れないかやってみますんで」
「本当なのか?」
武蔵は問題集から顔をあげて、不可思議なアイテムの話をする、マイペースな後輩を見た。
「材料を入れて、レシピを鍋敷きにして一晩おくと、勝手に出来上がるらしいんです」
「試したことはあるのか?」
武蔵は訝し気に聞いた。
「おばあちゃんが試したそうです。半分成功したって言ってました。カレーの材料を入れて試したら、口から火がでるぐらいの激辛カレーが、材料が半生状態で出来上がったそうです」
「それ、食べたのか…?」
さすがに武蔵も引き気味に問う。
「ちゃんとガスで火を通してから、作り方は秘密にして、おじいちゃんと父さんに食べてもらったそうです。二人とも特にお腹を壊したりはしなかったらしいですよ。むしろおじいちゃんの肩こりと父さんの便秘が緩和されたって言ってました。
それと、あと3回ぐらい試したって言ってました。わらび餅はなんとか食べられるぐらいにでき上がったそうです」
永良はすらすらと、とんでもなく怪しい鍋のエピソードを簡潔に語った。
「それ、レシピはあるのか?」
「おばあちゃんのことだから、残してるとは思いますけど」
武蔵は黙って考えこんだ。
「中間で70点以上、取ったらOKってことでいいですか?」
「え、ああ…」
神崎がきたらタイムアウトどころの騒ぎではないので、永良はまくしたてた。武蔵もその勢いについつい是と答えてしまった。
「じゃあ俺、頑張りますんで!」
そう宣言すると、永良は風のように去って行った。
武蔵は誰もいなくなった教室で一つ溜息をつくと、カバンから透明のカバーを付けたノートを取り出した。
インド神話の神鳥ガルダが表紙に、裏側に蛇の神ナーガが描かれたものだ。小学生の時、神崎がインド神話にはまっていた時に作ったもので、武蔵にくれたのだった。
左右田中は大体クラスによって毎年作るものが決まっていたが、1年の時、遠江先生が一クラス増えた新しいクラスでは何を作ったものか悩んでいた時に、神崎はこのインドの神たちを描いたノートを見せ、こんなものでいいんじゃないかと助言した。
助言は受け入れられたが、ノートを作ることになったのは9組ではなく8組だった。
去年も八組だった武蔵は、伯母さんにあげるつもりで罫線のページに、色鉛筆で薄く四季の花模様を描いた薄手の手帳を作ったが、神崎が欲しいといったので神崎にやった。神崎は代わりにと、クラスで作った箱をくれた。箱は一遍10㎝の正方形で、紫を基調に、黄色と赤で幾何学模様が描かれていた。その箱は大事に机の引き出しにしまってある。中に入れているのは同じく神崎からもらったリストバンドやハンカチ、ピンバッチなどだ。大事なので、使うのは時々だった。
今年は作ったものを交換すると決めていたので、武蔵も図書館から文様の本を借りてきて、頑張ってギリシャ神殿の文様を細かく描きこんだバインダーを作る準備をしていた。2年になった今年作るのは、ノートではなくクリアファイルかバインダーだ。
文化祭の展示物は中間テストが終わった後に、授業時間を2枠取って作ることになっていた。下書きはもう作っていたので、その2時間を使って、アクリル絵の具で色を塗る予定だ。
武蔵はインド神話のノートに、先ほど永良と話した内容を簡単にメモした。ノートをカバンにしまって、再度、問題集に向かう。
さて、試作する菓子は何にしようか…。
武蔵は失敗を前提に、できるだけ安くで作れる菓子を考えるのだった。
中間テストの翌日、武蔵の携帯に永良から連絡が入った。多分入るだろうと思っていた。
『先輩すみません。社会だけ70点取れなかったんですけど、記入誤りなんで、なんとか情状酌量を!』
「ああ、いいよ」
武蔵はあっさり答えた。それに驚いたのか、永良の声が一瞬止まった。
『——ありがとうございます! 今から持って行きます』
夕食を作っている時に携帯に連絡が入り、武蔵は外に出て行った。
「ちょっと出てくる」
弟に断って席を外す。遊びに来ていた神崎はリビングでシミュレーションゲームに熱中していた。
武蔵がマンションの下につくと、永良が一辺30㎝くらいの紙袋を持って待っていた。
「こんばんは」
「こんばんは。それか?」
「はい、そうです。どうぞ」
紙袋の中を見ると、ビニールに包まれた直径20㎝程度の小さな鉄製のいろり鍋と、ノートのコピーが入っていた。
「これはいつまで借りていていいんだ?」
「ばーちゃんに聞いたら、もう使う気はないので、いつでもいいそうです」
「そうか、わかった。これで菓子が作れるか試してみるよ」
「じゃあ俺からの菓子は、俺が頑張って手作りします!」
「いや、市販のにしてくれ。未開封のな」
今までさんざん妙なものを食べさせようとしてきた人物である。手作りなどもってのほかだ。
「…わかりました」
「じゃあ、ありがとう」
「はい」
武蔵に礼を言われ、永良は嬉しそうに帰って行った。
武蔵はそっと帰ってくると、神崎たちには見えないようにして部屋に戻り、鍋を引き出しにしまった。
武蔵は早速実験を始めた。武蔵は9時半には寝て3時半ごろに目覚める。いつも1時間ほどを使ってランニングと空手の練習をして、シャワーを浴びてから、雑巾がけをして、朝食と弁当作りに取り掛かる。弟の弘伸が起きてくるのは5時半なので、雑巾がけを省略すれば30分ほど時間ができる。
寝る前に永良のおばあさんが作ったなかで、成功したというレシピのわらび餅の材料を入れて混ぜ、鍋の下にメモを敷いて台所の隅に置いておいた。
木の蓋を取って中を見ると、少し緩い、ゲル状に近いわらび餅が出来上がっていた。武蔵はそれを一口味見した。永良の祖母が半分成功したと言うだけあって、味はわらび餅だった。それを半分取りおいてから、残りを鍋の弱火にかけながらわらび餅を練って、硬さを調整した。わらび餅はちゃんと硬くなった。
冷めるのをまちながら、武蔵は手を加えていない方のわらび餅を食べてみた。作ったのは少量だったので、すぐに食べ終えた。特に美味しくも不味くもない。甘いどろりとした液体だ。
永良の祖母のメモでは、このわらび餅を食べた時は目の疲れが取れたと書いてあった。
武蔵は特に目も悪くないし、どんな結果が出るか分からなかったが、とりあえず硬さを調整した分は器に入れ、食べるの禁止のメモをはって冷蔵庫に仕舞った。
その日武蔵は、いつもつまらないと思いながら聞いていた、体育のあとの社会の授業中、一瞬意識が飛んだ。眠っていたのだ。この授業は大体いつもクラスの半分が撃沈していたが、武蔵は授業中に眠ったのは初めてだった。
家に帰ってから、こっそりと部屋で残りのわらび餅を食べた。
すると夜、とてもぐっすりと眠れた。いつもなら武蔵の眠りは浅く、目覚めるのも目覚ましが不要なぐらいだったが、父が亡くなってからは初めて目覚ましの音で目を覚ました。悪夢も見なかった。
今度はスープカレーを普通に作って食べてみた。
すると、頭がすっきりしたような気がした。いつも体調の悪い人間はそれに気づかないことがあると聞いたことがあったが、自分もずっと頭が重たかったのかもしれない。
そこで、兄の勝優に相談してみることにした。勝優が部屋で一人でいる時に鍋を風呂敷に包んで持って行った。
「この鍋、後輩の永良から貸してもらってるんだけど」
勝優に経緯や自分が食べた結果を話した。
「永良って、あの風呂敷の後輩か」
「うん」
風呂敷とは、永良がタイム風呂敷だと言って正月に貸してくれたものだ。それはアニメのように簡単便利なものではなく、品物の包み方や結び方で効果が異なると言う、複雑怪奇なものだった。永良の祖父は決まった使用方法しかせず、それは一晩おくとちょっとしたひび割れや汚れが取れるというものだった。しかし、包みようによっては品物が木っ端みじんになるという恐ろしい風呂敷だった。
駆流はいろいろ試して、模様や素材まで研究していた。勝優はその結果までは聞いていないが、テーブルを拭く布巾に刺繍が入って、妙に汚れ落ちがよくなったことと、誕生日に駆流から麻のハンカチをプレゼントされ、それにも刺繍が入っていて、頭痛がした時に額に当てると楽になることだけは知っていた。
「一人で勝手に実験するなって言っただろう」
「ごめん」
勝優は返事だけはいい弟に溜息をついた。
「それで、兄さんにもこの鍋で作った料理を食べてもらいたいんだけど」
「それは構わないぞ」
弟一人にさせるぐらいなら、いくらでも協力するつもりだ。
「何が食べたい?」
「湯豆腐だな」
勝優は正直に、鍋から連想される食べたいものを答えた。
湯豆腐。昆布だしの湯に豆腐を切って入れたら終わりである。調理と言っていいのだろうか。駆流は悩んだ。
「……もうちょっと凝ったものでもいいと思うんだけど」
「実験なんだから湯豆腐でもいいだろう」
「うん」
兄の言葉に逆らえず、その夜の深夜、二人で湯豆腐を作って食べた。
勝優も起きるのは早い。弘伸より少し早い時間に起きてきた。
「駆流。あの鍋、本物かもしれないな。昨日は悪夢を見なかった。お前はどうだった?」
「俺もだよ」
「湯豆腐でも効果があるんだな」
勝優は額に手を当てて考えて言う。
「——トンカツは作れそうか?」
「鉄なべだから、揚げ物もできるはずだよ」
「あとは…生チョコレートだな。作れるか?」
「加熱して混ぜるだけだから、多分」
「じゃあ、今度の雨の日に——いや、雨の前の日のどっちでもいいから作ってみてくれ」
勝優が指定してきた料理は、どちらも父の好物だったものだった。
「ハロウィン用に貸してもらってる鍋だから、予報では雨の日はないみたいなんだけど」
「そうか…」
勝優は少し考えた後、二人で永良の家に鍋の貸し出しについて相談に行くことにした。
勝優の行動は早く、当日中に質屋をやっている永良の祖母に電話をし、面会を取りつけた。
新人戦が終った翌日はミーティングだけで終わったので、家で兄と待ち合わせてから鍋を持って自転車で永良の家に向かった。
兄は準備よく手土産品も用意して来ており、菓子の詰め合わせを永良の祖父母に差し出しながら深く挨拶した。
「さっそくで申し訳ありませんが、この鍋を可能なら譲っていただけないでしょうか?」
兄は風呂敷に包んでいた鍋を取り出した。
「ああ、健二が持って行ったやつね」
「なんだ。この鍋は?」
「ああ、ちょっとね。あなたはもういいから店番に戻って頂戴」
そういって永良の祖母は夫を追い払った。夫には話していないらしい。話始めると人体実験に使っていたことがばれるからだろうか。
「成功したの?」
「自動で作れたのはミルクセーキまででした。やっぱりある程度火を通さないと料理は出来上がらないみたいです」
祖母の質問に駆流が答えた。
「でも、この鍋で作った料理を食べると、ずっと悩まされていた頭痛から解放されたんです」
「ずっと頭痛があったの?」
「はい。…父が亡くなってから」
「お父様お亡くなりなの。それは大変だったわね」
祖母は鍋の効果よりも、勝優の頭痛の方が気になるようだった。
「その頭痛が、この鍋で良くなったの?」
「食べて2,3日ぐらいは。だから、できれば譲っていただけないかと」
「それなら譲ってあげるわよ。うちじゃ誰も使わないから錆が浮いちゃってたし」
祖母は簡単に言った。実際、駆流は受け取った時、ところどころ錆ていたので紙やすりで削ったのだった。
「健二くんとはハロウィンにこれで作ったお菓子と、市販のお菓子を交換する約束なんです」
「別にそんなのどうでもいいわよ」
駆流の説明に、祖母は笑いながら適当に返事をした。
「いえ。約束は大事ですから。菓子は成功させるまでに時間がかかる可能性が高いので、普通に作って贈ろうと思ってるんですが、おばあさんは何がいいですか?」
「私?」
「はい。持ち主はおばあさんですから」
駆流に真面目に言われ、祖母はすこし考えた。
「そうねぇ。そちらにとって大事なものだっていうなら、ちょっと難しいので、シュークリームかしら。できればダブルシューで」
祖母は確かに難しく、手間のかかるものを言ってきた。
「わかりました。カボチャのクリームと生クリームならこの鍋でもできるので、これで作ってみます」
「あら本当? ありがとうね。私にも何か良い効果あるかしら」
祖母は素直に喜んだ。
「よかったな」
永良の家を出て、勝優が笑顔で言った。鍋はリュックに入れて持っている。
「うん。さっそく生チョコレートを作ってみるよ」
駆流は兄のリクエストを作ると言った。
「右手の具合は悪いままなんだよな」
「…うん」
駆流はそう言って、右手を握ったり開いたりした。その動きは緩慢だ。
「材料買いにいくか」
「材料はもう家に用意してあるから、大丈夫だよ」
兄の心遣いに、準備の良い弟が答えた。
「じゃあ、帰ってさっそく作ってみるか」
兄の言葉通りすぐに家に帰り、生チョコレートを作ってみた。食べてすぐに効果は出なかったが、兄はこれでお茶を作ったらどうかと言ってきた。
前に永良家のレシピで作られた傷薬を塗って、楠本の左ひじに人面そうが浮かびあがった時、治療薬や治療法がないか永良の家から本を借りて、どくだみ茶メインの解毒用のお茶を作ったことがあった。その中で一般的なお茶だけを取り出して、今はそのブレントしたお茶を作って飲んでいた。効果は多少頭痛が治まったかもしれない。と言ったところだ。
それを煮詰めるのに使ったらどうかという話だ。
特に問題もないと思ったので、さっそく鍋を綺麗に洗ってから作ってみた。先に食べたチョコレートとの相性もあるので、冷まして明日以降に飲んでみることにして、お茶用の容器に移し替えて、誰かが間違って飲まないよう部屋に持って行った。
翌朝、目覚まし時計が鳴る前に目が覚めたが、それは泥水から這い出すような今までの目覚めではなく、すっきりとさわやかなものだった。
頭痛もしなかった。
「兄さん。今日は頭痛もしなかったし、体も軽かったよ」
「俺もだ」
二人は顔を見あせた後、生チョコレートをしまっている冷蔵庫を見た。
「闘雄にどうするか、だな」
「うん」
二人で悩んだが、兄が対応を考えた。
「とりあえず何も言わずに食べさせてみるか。今日のおやつにでも出してみてくれ」
「わかった」
弘伸がいない、闘雄が一人でいる時を狙って、駆流は兄に生チョコレートを差し出した。
「ちょっと試しに作ってみたんだけど、食べてみてくれないかな」
「チョコレートか。今からバレンタインの準備か」
「そんなところだよ」
闘雄は特に疑うでもなくチョコを半分口にした。
「生チョコか」
闘雄も生チョコが父親の好物の菓子だったことを思い出したのか、しばらく考えながらチョコを口にしていたが、
「美味いよ。誰にプレゼントするんだ? 伯母さんか?」
「伯母さんにじゃないけど、世話になってる人だよ」
「そうか」
次兄は最後まで疑うことなく、もしかしたら疑うと疲れるから諦めているからか、チョコを食べ終わった。
「闘雄、昨日チョコを食べただろう。体調に変わりはなかったか?」
闘雄は勝優に聞かれ、ため息をついた。
「やっぱり何かあったのか。あいつが進んで親父の好物なんて作る訳ないもんな。兄貴は何か変化あったのか?」
「頭痛がとれた。今度は雨の日に食べてみようと思ってる」
「俺も耳鳴りがしなくなったよ。雨の日は何を作るんだ? また生チョコか?」
「とんかつを作ってもらう予定だ」
「試食は俺も参加するよ」
「わかった」
勝優は弟の効果を確認すると、次の実験への参加を認めた。鍋の概略を説明してから、水筒を取り出す。
「これは鍋で作ったいつものお茶だ。飲んでみるか?」
「毒を食らわば皿まで。飲むよ」
お茶を飲んだ武蔵家の3人全員に効果があった。皆あきらめていた頭痛や耳鳴りが軽くなり、妙なものが見えにくくなったのだ。
勝優は見える体質で、父が亡くなった雨の日は、父が使っていたメガネを度なしでかけていた。そうすると頭痛がましになり、大体のものがみえなくなるのだ。
闘雄は聞こえる体質で、雨の日は父が好きだった曲を聞いていた。耳鳴りと頭痛が軽くなるそうだ。
そして駆流は母に切られた手首に、父からプレゼントされた白いリストバンドをつけると、雨の日や、無理をして動かしにくくなった時の手の動きが少しましになるのだった。頭痛はいつもあったが、父に躾けられ、今でも続けている早朝トレーニングの間だけは痛くなかった。
弘伸は生まれた時から母の調子が悪く、ずっと伯母さんに育てられ、父と暮らしたことがなかったからか、兄たち3人のような妙な能力も障害もなかった。
それは兄たちにとって救いだったので、3人は弘伸にはそういう話は知られないようにしていた。
永良家からもらった鍋はそれこそ良薬だった。永良本人に話すつもりはないが。
駆流だけでなく勝優も闘雄も感謝したので、お礼でもあるハロウィン用のシュークリームは、早起きして3人で気合を入れて作った。もちろん永良のためでなく、快く鍋を譲ってくれた永良の祖母のためにだ。
カボチャクリームと生クリームのダブルシューは武蔵家の分も作ったが、弘伸は美味しいけれど自分だけ作るのに参加させてもらえなかったことを拗ねた。
しかし、鉄鍋を使って生クリームやシュー生地を作るのを見られる訳にはいかないのでしかたない。
永良の祖母からはその後、ほうれい線が薄くなったと喜びの声が届いた。
「永良のおばあさんには、たまにお菓子を届けないとな」
「うん」
勝優の言葉に駆流も同感だった。
こうして、永良は武蔵に近づけないが、武蔵家の3兄弟と永良の祖母だけは孫を差し置いて仲がよいという、秘密に近い関係が出来上がったのだった。
それから駆流は毎月、永良の家に鍋で作ったお菓子を届けていたが、祖父母が食べる分だけで、孫にまでは届かなかった。