11 エリス
エリスは王都にいる貴族達が大嫌いだった。
彼が学び舎で暮らし始めた頃、王都にいる貴族達は、学び舎で師匠のしている事を放置していた。
それどころか、平民の魔力を恐れ、使い方を教えるなんて意味が分からないと、師匠を馬鹿にしているようにさえ見えた。
だが学び舎で学んだ者達が魔力の使い方を覚え、不慮の事故が無くなり、王都の民が感謝し始めると彼らの態度は一変した。
師匠が学び舎を作った時は何の手も貸さなかったのに、自分達も必要性を感じていたと援助するようになった。
それでも、まだそこまでは許す事が出来た。
だが援助した貴族の中には、ならば自領の民も学ばせてもいいのでは無いかと言い出す者まで現れ、マルタの食事が美味しい事を知ると、様子を見に来たと食事時に来るような者まで現れ始めた。
結局、それらをウエストリア家で引き受ける事は出来なくなり、“学び舎”は、アッタリアとの戦いを前に、王室の支援を得て、別の人間が管理する事になった。
「これが本来の形だからね、気にする必要は無いよ」
師匠はそう言うが、エリスの貴族嫌いにはさらに拍車がかかった。
そして、またここでも何も知らない貴族達がやって来て、師匠が何年も前から準備していた事を無駄にしようとしている。
『圧倒的な力を見れば、アッタリアの兵は引いて行くだろうし、今後もウエストリアを攻めようとは思わないだろう。
出来るだけ印象に残るように、力は最後に使うようにするから、エリスもそのつもりでいるんだよ』
数人の騎士達を背に、師匠がほとんどの魔力を使った事は知っている。
人を傷つけることなく、水に溶け込ませたオラの油だけに反応するようにしていたので、余計な負荷が掛かるとゼムが話していた事も聞いていた。
だから自分も火炎では火力が強すぎるので、師匠を狙う相手だけに雷電を使うようにした。
あの時に終わったはずだった。
砂漠に引いたアッタリア兵に余力は無く、逆にこちらに余裕があると思ってくれれば、彼らは自分達の水場に帰って行くだろう。
帰ってしまえば、次に兵が来るには時間がかかる。
今回のように、部族が協力しても歯が立たないとなれば、攻める事すら躊躇するかもしれない。
なのに王都の貴族達がやって来て、その全てを無駄にしようとしているだけで無く、師匠が彼らを助ける為に危険な砂漠で戦っている。
それだけでも腹立たしいのに、目の前の男は自分達だけアッタリア兵から逃げ戻って来ていた。
「おい、何をしている早く我々を案内しないか」
師匠の目印になるよう砂漠に篝火を置き、その場所を守っていたエリスに逃げ帰って来た男が煩い。
お前の為にここにいる訳ではないと、エリスが無視していると、昼の間に置いた罠にかかって、砂漠の奥で火炎が弾けるのが見える。
「なんだあれは、早く篝火を消さないか、こんなに篝火をおいているから敵が来るんだろう」
「お前たちは私の荷を運ばないか、何をそんな所で突っ立っている」
ヘイズ・マクシミリアンと呼ばれていた貴族が、エリスに従っている者達に、自分を安全な場所に連れて行け、持ち帰った物を運べと喚き続けていた。
この男は何を言っているんだ。
自分の領民を見捨て、砂漠にあった敵の武具を拾ってきた上に、自分達にそれを運べと言い。
砂漠にはまだ多くのエルメニアの兵が残っていて、篝火が無くては帰る方向も分からなくなるのに、その篝火を消せと言う。
こんな者を助ける為に、師匠が危険な目に合っているのかと思うと本当に嫌になる。
エリスに従っている者達は、ほとんどが平民だったので、貴族に命じられると手を貸しそうになるが、放っておけと目で合図して、また罠が弾けたのでそちらに視線を向ける。
この小さな罠もバーナード様が作った物だった。
昼の間に魔力を込めた小さな球体を砂漠に置いて置くと、この魔道具は小さいので、風で砂が動くと砂に隠れて見えなくなった。
だがアッタリア兵が進もうとして魔道具の上を歩くと、魔道具が割れて中の火炎が弾け、彼らの位置が分かる。
エリスに従っている平民達は、こうした魔道具に魔力を込めてくれていた。
彼らが魔道具に魔力を込めてくれれば、エリスはそれを風で運ぶだけで済む。
小さな魔道具を風で運ぶことは、エリスにとってそれ程難しい事では無かった。
「何をされるのですか、そんな事をされては困ります」
部下の声が聞こえ、後ろを振り向くとヘイズが篝火を一つ倒して消している所だった。
「早くしないか、敵がきたらどうするつもりだ」
遠くで弾ける火炎を、アッタリア兵が攻めてくると思っているのか、怯える彼に近づきながら、副官として側にいたダリオンの剣を抜いて彼の喉元にあてる。
「これ以上、勝手な事をしないで頂きたい」
「きさま、何をする」
「私の手元が狂わないうちに、ご自分の兵を連れてさっさと消えて下さい」
「私は貴族だぞ、、、そんな口をきいて良いと思っているのか!」
「だから何だと、、、自分の民を砂漠に残して逃げ帰った人に、その資格などありません」
「無礼な、、、」
顔面を蒼白にした男が何か喚こうとするが、剣をさらに近づけると何も言わなくなる。
その男は、ここで争うのは得策では無いという事に気が付いたらしく、数人の騎士と共に国境の方に戻って行く。
怪我をした者達をその場に残して行くので、ダリオンに頼んで怪我人を連れ帰るように頼む。
「ここは大丈夫なのか?」
「こちらを狙ってないみたいだ」
罠が弾けた方向から考えて、引き上げようとしている師匠達を狙っているように見える。
「数人だけ残して貰えればいいよ」
師匠を助けに行くなら、どうせ自分だけだ。
彼がいないのなら自分の存在する意味はないのだから、命をかけても何の問題も無い。




