06 手合わせ
剣を使う為にはまず型を覚える。
何十もの基本の型とそれに伴う応用の型を身体に染み込ませ、それらを自由自在に扱える様になって初めて自分の剣の形を見つける。
ウエストリアの屋敷で、彼が騎士達を相手に手合わせをしているのは見ていたし、実際、自分が手合わせした事もある。
そして自分が知る限り、彼の剣はとても基本に忠実で美しいが、決して強いものでは無かった。
人並み以上の体力や瞬発力があっても、彼は10歳に満たない少年で、それは大人との明らかな体格差を埋めるものでは無かった。
それ故、同じ年頃の相手を欲していたのかと思っていたが、此処で目にしているものは、今まで見ていたものと全く違っていた。
確かに基本に忠実な彼の剣は美しかったが、普段とは早さが違うし、時折基本の型に無い動きが入る。
身体に沁み込ませる様に覚えた型から外れる事は、頭で考える程簡単なものでは無く、それを行う事はそれ以上に難しい。
確かに年齢と共に型は崩れて来るし、使い手の癖が出て来て変わっていくものだが、彼の剣はとても美しく、故に型から外れた攻撃をかわすのも又難しいだろう。
攻撃の型がある様に防御の型もある。
それらを組み合わせて戦うため、覚え込んだ型から外れる動きにはどうしても対応が遅れる。
訓練を受けた騎士が、剣を知らいない野盗などに襲われ敗北するのは、この型にはまらない動きに付いて行けないからだった。
それをまるで見本の様な動きの中から、いきなり思いも付かない動きが入るのだから、それを行う方も無茶苦茶だし、相手にして問題なく受けている方も恐ろしい。
ローエングルグ家の当主がエルメニア一の剣士であると言われている事も、ファーレン殿がそれを超えると言われている事も聞いてはいたが、、、
『本当に嫌になるな』
自分は凡人だ。
多少の魔力は持っていても他者を圧倒するようなものでは無いし、剣術にしても勉学にしても人並みでしか無い。
『セリス様は、何故、私を選んだのだろう?』
この一年、何度と無く頭に浮かんだ答えの得られない問題を考えていると、いつの間にかローエングルグ家の騎士達が周囲に集まっている。
「ウルフレッド様か」
「相変わらずだなぁ」
「ご存じなのですか?」
「イリノアにいればな、時々目にする事になる」
「私は見た事がありませんでした」
「ここ一年、ファーレン様がイルネラの街にいたからな」
「イルネラ!? あの年齢で、ですか?」
「ローエングルグ家の騎士では、珍しい事ではないからな」
ウエストリア領の中でも、ローエングルグ家とイルゼルト家は、多くの騎士を従え、魔物から領民を守る仕事を主に受け持っている。
あの年齢で魔物を相手にする事が出来るなら、彼の相手も出来るようになるという事なのか、いずれにしても凡人の自分では分からない。
その後、友人との手合わせを終え、簡単な食事をしていると組合の長であるフィゼル殿がやって来る。
「ウルフレッド様」
「フィゼル、もう戻る必要があるからな、少し街の外まで付き合え」
そのまま彼と街を少し出た辺りで話をする。
「畑にいた者達の数が少ないようだったな」
「申し訳ございません」
「謝罪はいらん、それより怪我の酷い者がいるのか?」
彼が思いも付かなかった事を言い出す。
「怪我?」
「報酬が手に入らないと思っていたセネルト家の騎士にしたら面白く無いだろうからな、農民が襲われても見て見ぬふりをする者もいるだろう」
「何て事を!」
“チグル”や“モズリ”が騎士にとって取るに足らない魔物でも、魔具を持たない農民に取っては恐ろしい魔物に変わりはない。
彼らを守るのは、騎士にとって当たり前のはずだった。
「命に係わるような者はおりませんが、女達や怯える者を畑に出すことは出来ません」
「分かった。薬師を何人かこちらに来るようにしておく、それから怪我をした者達には、これを使って見舞いでも渡してくれ」
彼がポケットから取り出した黒い小袋をフィゼル殿に渡している。
「いいえ、とんでもない。その位は私の方でなんとかします」
「かまわん、使う予定の無いものだ。それより噂の方を上手く流せよ」
「ウルフレッド様、そのような事をされなくても、、、」
「冗談じゃない、俺を面倒ごとに巻き込むな」
「、、、分かりました」
深いため息と共に頭を下げ、自分達を見送る人を残して街を離れる。
「何の話をされていたのですか?」
「未だにウエストリアの領主には、緋色の瞳を持つ者の方が相応しいと考えている者がいるという事さ」
「それは、、、」
確かに緋色の瞳は、ウエストリア領主の証と言われている。
現当主であるルベス様も長男であるセリス様も確かに違っているが、それでウエストリア領に何か不都合がある事は無く、特にセリス様は、安定しないイズル王の治世をよく助けていた。
「アイツらは緋色の瞳があれば、ラビトアやアンカラ辺りの魔物まで一掃出来るとでも思っているのさ」
「まさか、、、」
「それに兄上より、俺の方が御しやすいとも考えるだろうしな」
「それが噂と、どう関係して来るのです?」
「今回の事に関して、詳しい話が回らない様にするだけさ」
「詳しい話?」
「なぜポロの畑を燃やしたのかではなく、ポロの畑が燃やされた事だけを伝えればいい」
「そのような事、ホスロ殿が知っておられるのですから」
「あれは何も言わんさ、自分の恥になる事だしな」
「ローエングルグ殿だって」
「あれも何も言わん、他家の恥を言いふらす様な男では無いからな」
「宜しいのですか?」
「何がだ」
「そのような事、、、」
「噂話を聞いて人を判断するような奴に何と思われているかなど、俺が気にかける必要が何処にある」
「ウエストリアをお継になりたいとも思わないのですか?」
「冗談じゃない、せっかく継いでくれる兄がいるのに、面倒事を引き受けたい訳がないだろう」
自分の主となる人の、分かっていた答えを聞いて喜べばいいのか、悲しめばいいのか。
だが確かに、彼が王都の貴族達に混じって、政を行っている姿を想像するのはとても難しい。




