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その手を離しても  作者: 新在 落花
本編

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9/19

9.知らない場所へ(2)

 今日はこの辺で切り上げた方がよさそうだと判断したクリスは、リリーシアの泊まる宿まで送ることにした。


「僕とレイナはどこにいてもリリーシア様を大切に思っています。だからどこに行くかだけは知らせて下さいね」

「まだどこに行くのかは決めていないの」

「では、明日一緒に考えましょう」


 その方が安心できるからと言われて、リリーシアは頷いた。


 他愛のない話をしながら宿までの道を歩く。クリスの現在の仕事についての話をすると、リリーシアは興味深そうに聞き入っていた。リリーシアの知らないクリスの話を聞くのは楽しかった。


「大体あの名前はなんですか?」

 

 そういえばと思い出したようにクリスがリリーシアに言うと、してやったりという顔でリリーシアが笑った。


 リリーシアと宿で別れると、クリスは残りの仕事を片付けるため自分の宿に戻った。その背中をリリーシアがずっと見ていたことに気づくことはなかった。


 まだ王都の日は高い。

 リリーシアは照りつける太陽を睨みながら、この時間ならまだ間に合うと考えていた。



-----



 アルシスが騎士団の宿舎を出てリリーシアのところへ行こうとしたところで、騎士団長の使いに止められた。至急の呼び出しだと言われアルシスは首を傾げる。


 後処理は昨日で終わり、来月の騎士団復帰までは自由にしてもいいと言われていたはずだ。それなのに早朝から至急の用件とは何かと不安が脳裏をかすめる。


「復帰までは休みだと思っていたんですが?」


 休みに呼び出されたことへの不満を隠しもせず、アルシスが騎士団長に迫る。騎士団長はアルシスの機嫌の悪そうな顔を見て、更に機嫌の悪くなるようなことを告げなくてはならないことに頭をかかえた。


「別れは済んだか?」

「なんのことですか?」


 アルシスは言われたことの意味が判らずに聞き返した。


「魔力持ちの彼女、出て行ったんだろう?」

「どういうことですか!?」


 騎士団長がやっぱり知らなかったかとため息をついた。

 他人に無頓着なアルシスにしては珍しく甲斐甲斐しく世話を焼いていた。国境近くの地でも二人は親密だったと聞いている。

 二人は話し合いの結果、別れを選んだのだと思ったがそうではなかったらしい。


「リリーシア・アンヴィルは、昨日の内に城を出たらしいぞ」


 アルシスの知らない名前を騎士団長が告げた。

 王都の街でクリスという男がリリーシアと呼んでいたので、こちらが本名なのだろう。


「そんなの聞いてない!」


 自分にひと言もなく城を出た?どうして?

 アルシスは動揺して荒々しい物言いになった。気心知れた相手とはいえ上司に対しての態度ではない。


「波風を立てるな、中立を保てというから従っていれば、その結果がこれですか!」


 王女との噂を真に受けたのかもしれないが、それ以前からリリーシアの態度はおかしかった。どうしてひとりで南へ行くなどと言ったのか。二人はどういう関係だと言うのか。もっと早くに話し合っておくべきだったと後悔の念が胸先を衝きあげる。


 立ち上がって部屋を出ようとするアルシスを呼び止めて、騎士団長が声を荒げる。


「落ち着け!彼女には監視がついている。場所は判るから少し待っていろ」


 英雄役から放免されても、手放しで外へ出すことはできない。国との取引もあるし、場合によっては呼び戻すこともあり得る。

 当面の間は王城の監視がつくことは最初から決まっていた。残りの三人は当分王城に残る予定だが、外へ出ることになれば例外なく監視がつく。

 リリーシアについてもアルシスのことなど関係なく、城を出た時から監視役がついている。


 眉間に縦じわを寄せて何かをじっと考えているアルシスを、騎士団長が静かに見守っていた。

 しばらく考えた後、アルシスは報告が来たらすぐに知らせて欲しいと言い残して部屋を後にした。王城の監視役がついたなら居場所の特定は可能だろう。ならば、もう一つの方から情報を得られないかと街へ行くことにした。



-----



 約束通りの時間にリリーシアの泊まる宿に着いたクリスは、すでにリリーシアが王都にいないことを知る。リリーシアは馬車の手配だけを宿の主人に頼み、クリスと宿で別れてそう経たない内に王都から出て行ったのだという。


 別れた時間はまだ早かったので、日暮れまでに隣の街に着いただろう。


 様子がおかしいことに気づくべきだったとクリスは後悔する。リリーシアの行き先など皆目見当もつかない。気持ちばかりが焦って考えがまとまらずにいるところに、かの英雄が姿を現した。


 逡巡した後に、意を決してクリスはアルシスに向かって歩き出した。


「突然お声かけをして申し訳ありません。クリス・フーカーと申します」


 声をかけられてアルシスが振り返ると、以前リリーシアと親しげに話していた男が目の前にいた。フーカーという名字はリリーシアが使用していた偽名と同じだ。


「……フーカー?」


 聞き捨てならずにアルシスはその名を繰り返した。

 そうだと頷いたクリスは物腰柔らかそうに見えるが、その目を見てアルシスは挑発されていると感じた。


 この男に会うためにやってきた。目の前の男がリリーシアについての情報を持っているのは確かだった。


 無言で立ちすくむ二人の間に、見えない火花が散っていた。


「もう王都にはいらっしゃいませんよ」


 誰が?とは言わなくても判る。


「お前はリリィの何だ?」

「……少しお話できませんか?」


 二人は近くの広場の長椅子に座ると、アルシスが早速リリーシアとクリスの関係について聞きただした。


「僕はリリーシア様の屋敷の使用人です。そしてリリーシア様が心許す数少ない人間でしょうね」


 憎らしいほど平然とそうクリスは言い切った。自信満々に告げられた内容にアルシスが悔しさを滲ませたことで溜飲が下がったクリスは、そろそろ嫌がらせはいいかと思い、態度を改めて話を続けた。


「とはいえ、一番心を許しているのは僕の妻レイナなのは間違いありません」

「妻?」

「リリーシア様の侍女をしておりました。僕と妻は内紛から逃げてきた避難民です」

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