5.英雄の凱旋(3)
クリスと再会した翌日、四人に呼び出しがかかった。
凱旋パレードか祝賀パーティーについての打ち合わせかと思い、四人は滞在する離宮から案内人の後について別の場所へ移動した。
騎士によって厳重に警備されたその堅牢な建物は、騎士団の本部なのだと説明された。二階の最奥の部屋に案内されると騎士が扉を開いた。重厚な机の向こうに見たことのない白髪交じりの壮年の男が座っていた。その男の横で四人を認めたアルシスが、気まずそうに目を逸らした。
壮年の男は王宮騎士団長と名乗り、招集の目的を説明し始めた。今回の魔獣退治は王宮騎士アルシスと四人で成しえたことにして欲しいとの要請だった。
「すみません。それのどこに違いがあるのか判らないのですが」
バリー達が顔を見合わせて首を傾げる。年長のバリーが代表して騎士団長に質問すると、騎士団長は言い辛そうに言葉を続けた。
「つまり、国から派遣された王宮騎士アルシスが主となって退治したことにして欲しいということだ。もちろん、一緒に戦った君達の活躍も称えるし、約束通りの報酬は間違いなく支払われる。そしてこの件を呑んでくれれば、それに上乗せもある」
「ただの破落戸が退治したのではなく、国が主導して退治したと言いたいわけですね」
オスカーが言い換えると、そういうことかとやっと理解したローナが手を叩いた。そして、上乗せの部分に反応して顔を綻ばせる。
部屋に入った時のアルシスの気まずそうな表情を思い出す。一緒に戦っておきながら、手柄を独り占めすることになる。それは確かに気まずいだろうと同情する。
「別にいいですよ。口止め料として追加してもらえるのは嬉しいわ」
「オレも栄誉とか名誉とか、腹の足しにならないものには興味はないな」
「断って口封じされる方が困るもんな」
「……そんなことはしないと約束する」
オスカーの最後のひとことに、騎士団長が苦笑いしながら否定する。話が早くて助かるなと思って四人を見ると、茶色の髪の女だけがぼんやりと立っている。
「リリィ、体調悪いのか?」
騎士団長の隣に立っていたアルシスが、目の下に隈を作ったリリーシアに駆け寄り、心配そうに覗き込んでいる。リリーシアの顔は血の気を失って今にも倒れそうに見えた。
話しかけられてはっと気づいたリリーシアが、私も異存ありませんと細い声で答えると、騎士団長がありがとうと目を細めた。
そして甲斐甲斐しくリリーシアの世話を焼くアルシスを、物珍しそうに見ていた。
アルシスよりは年下に見えるいたって普通の娘だ。可愛らしい顔はしているが、顔色が悪いせいか随分と弱々しく見える。魔法に長けていると聞いたが、魔獣退治に加わっていたようにはとても見えない。
「明後日は凱旋パレードだ。それまでに体調を戻しておいてくれ」
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騎士団長との面会を済ませた五人は、そのまま元の離宮に戻った。とりあえずバリーの部屋に通されて、そこでアルシスが全員に申し訳なさそうに詫びている。国が決めたことを一介の騎士ではどうにもできないだろうと逆に慰められた。
リリーシアには四人の話し声は耳に入ってこず、頭の中は凱旋パレードのことでいっぱいになっていた。
どうやれば参加せずにいられるだろうか、思い切って逃げてしまうか。でも逃げたらお金がもらえない。今後の生活のためにお金は必要だ。
答えの出ない自問自答を何度も繰り返す。
「大丈夫?本当に顔色悪いわよ」
「え?ごめん、聞いてなかった」
「体調悪いの?」
「……悪いのかもしれない。ごめんなさい。部屋に戻るわ」
考えをまとめるためにひとりになりたかったし、何よりこの場に自分がいても雰囲気を壊すだけだと思い、部屋に戻ることにした。
「部屋まで送ろう」
アルシスがリリーシアに並んで歩き出す。残された三人は微妙な顔をして二人を見送った。
「眠れていないのか?」
「慣れない場所で落ち着かないのかもしれないわ」
バリーとリリーシアの部屋は同じ離宮内にあるが、男女で階を分けてある。ふらふらしているリリーシアの腰を抱いて、アルシスがゆっくりと歩を進める。アルシスとリリーシアが二人きりで話をするのも久しぶりだ。
「昔から眠るのが苦手なの」
「寝るのに苦手とか得意とかあるのか?」
寝るのが得意とは何か。寝台に上がったらすぐに寝てしまえるとかそういうものかと、アルシスが疑問を呈する。
「そういう意味じゃないわ」
冗談か本気か判らないことを言うアルシスに寄りかかりながら、リリーシアがくすりと笑った。
「夢の中では何も取り繕うことができないから、望んでも仕方のないものを夢に見たり、見たくもないものを見たりするの」
「……よくうなされてたよ」
「そうね。アルシスは知っているものね」
雪山ではずっと同じ部屋で夜を共にしていた。人に知られたくない、眠った後のリリーシアのこともアルシスは知っているのだ。
「雪山にいたあの間が、一番眠れていたかもしれないわね」
小さい頃から眠ることを怖がる子供だった。毎晩辛い夢を見ることが怖くて、眠ることを忌避していた。
雪山では辛い夢を見て飛び起きても、隣で寝息を立てているアルシスを見ると安心できた。実家の屋敷にいた時は、夢を見た後は再び寝ることなどできなかったから、随分と気を許していたのだと思う。
部屋に入るとアルシスは、奥の部屋の寝台にリリーシアを無理やり寝かせた。
「とにかくひどい顔色をしているから寝てしまえ。眠るまで横で見ていてやるから」
「……ちゃんと寝るから、皆のところに戻っていいわ」
「寝るまでだから、俺のことは無視してていい。それから少し話がしたい。今日の夜にでも中庭で話をしないか?」
「……いいわよ」
昨夜は色んなことを考えて眠気など全くやってこなかった。クリスのこと、実家のこと、これからのこと。
隣で手を握っていいてくれる人がいるだけで、気持ちが軽くなってリリーシアはそのまますぐ眠りに就いた。
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リリーシアが目を覚ますと、もう日が落ちた頃だった。予想以上に眠ってしまったようだ。
アルシス以外の三人と食堂で食事をして、そのまま各々の部屋へと戻った。
リリーシアはアルシスと約束をしていたので、離宮の間にある中庭へと歩いていた。夜の風が気持ちよくて、約束の時間よりも早く着いてしまった。虫の声が四方から聞こえてくる。
王宮の庭は見事だった。色とりどりの花が咲き、植物の成長を考慮した植栽をされている。実家の屋敷の庭も見事なものだったが、リリーシアは部屋から出ることがなかったため間近で見る機会はなかった。
「それにしても、アルシスはよくやったよな」
「プリシラ王女のことか?」
リリーシアが座り込んで花を見ていると、若い男の声が聞こえてきた。アルシスの名前が聞こえたので、思わず耳をそばだてて話の続きを待つ。
「今回の件で、何らかの爵位を賜るんじゃないかって話だ」
「そっちが整えば、プリシラ王女が無事に降嫁できるってことか」
「命を懸けた幼馴染みの恋か。アルシスが魔獣退治に志願したと聞いた時は、何の冗談かと思ったよ」
プリシラ王女というと、国王の五番目の王女のことだ。王妃の生んだ王女ではなく、側室の子だったとリリーシアは記憶を思い起こす。降嫁ということはアルシスが王女を娶るということだ。
「そんな恐れ多いことを、誰かに聞かれでもしたらどうするんだ」
「おお!英雄様の登場か」
「アルシス!」
アルシスの登場にその場がわっと賑やかになる。無事だったのか、魔獣退治よくやったななどと激励の言葉が飛び交う。騎士の同僚達から激励を込めて頭や肩を叩かれると、アルシスが笑顔でそれを躱す。
「いつから騎士団に復帰するんだ?」
「来月からだ」
騎士の硬い足音が遠くへ去って行く。どうやらアルシスも一緒に騎士達とどこかへ行ってしまったようだ。まだリリーシアとの約束の時間には遠い。
あの声は確かにアルシスだった。王女のことは否定しなかった。
王女と幼馴染みだったのか。
さっきまでうるさいくらいに鳴いていた虫の声がぴたっと鳴り止んだ。リリーシアの耳には何も聞こえない。
目の前で色鮮やかに咲いていた花からは色が消えた。綺麗な赤色だったのに、今はもうくすんだ色にしか見えない。
ほら、やっぱり。
判っていたのにどうして勘違いしたんだろう。
あの間だけの関係だとちゃんと判っていたのに。
心の中に誰も入れてはいけないと、そう言い聞かせていたのに、どうして期待なんかしてしまったのだろう。
私は愚かだ。
何度でも同じ過ちを繰り返す。




