3.英雄の凱旋(2)
ようやく王都に着いたリリィたちは、王城に部屋を与えられ三日後の凱旋パレードまでの自由な時間を与えられた。
凱旋パレードで着る服の採寸や試着が終わった後は、城を出て街へ行ってもいいとのことだった。
リリィ以外は王都に住んでいたこともあるらしく、さして街に興味はないようだった。本当の意味で凱旋でないのは、生まれた土地から出たことのないリリィだけといえる。
「私はちょっと街に行ってくるわ」
リリィたちに付けられた世話役に街へ行きたいと申請すると、あっけなく許可がおりた。広い王城の石畳を歩いて、城門の騎士に許可証を見せるとすんなりと通してもらうことができた。
育った街も商業の発達した栄えた街であったが王都は桁違いだ。人と店の多さ、整備された道、見上げるほどに高い建物。どれをとっても比べものにならない。
こんなに人の多い街であれば、誰にも知られずに暮らすことができるかもしれないとリリィは考えていた。
欲しいのはひとりで生活するだけのお金。これは魔獣を退治した報奨金で十分に賄える。
次は誰にも知られずに暮らすための場所が欲しい。
ひとりで城下に下りたのは王都がどんなものかの下見のためだった。なにより王都は実家から遠い。
「悪くないわ」
-----
「リリィは?」
簡素なシャツを着たアルシスが、程よく酔っ払った三人を呆れた表情で見下ろしている。
アルシス以外の四人は王城にそれぞれの部屋を用意されて滞在している。
三度の飯より酒が好きな三人は、バリーの部屋に集まって城に用意させた酒で昼間から酒盛り中だ。
「お、アルシスも飲むか?」
ご機嫌なバリーがアルシスにグラスを渡そうとするが、アルシスは手のひらで断りの動作をとって、もう一度同じ事を尋ねる。
「リリィは?」
「リリィは街に行くって出て行ったわよ」
「ひとりでか?大丈夫なのか?」
「子供じゃないんだから大丈夫でしょう」
それを聞くと、アルシスはすぐに身を翻すとすぐに部屋を出て行った。三人はアルシスが出て行った扉をじっとみて、いなくなったことを確認する。
「あの二人は一体どうなってるんだ?」
「あの夜、アルシスは完全に怒ってたな」
「怖かったわ」
「静かに怒るタイプが一番質が悪いんだ。リリィはなんて言ってた?」
「リリィは今だけの後腐れない関係と思ってるみたい」
ローナがあの夜リリィが言っていたことを二人に告げた。バリーが唸って眉間にしわを寄せる。
「アルシスは恋愛関係にあると思っていたのに、リリィは体だけの関係だと思っていたと?」
「アルシス、不憫だな。リリィはとっとと関係解消する気だし」
オスカーが瓶に残った酒をグラスに注ぐと、最後の酒がなくなった。名残惜しそうに瓶を逆さに振るが数滴の酒がグラスに落ちるだけだ。
「なるようになるだろう。よし、酒の追加を頼もう」
-----
アルシスはリリィを探して街へ出たが、闇雲に探しても見つかるはずはなかった。それだけ王都は広い。リリィが行きそうな店はどこだろうかと考えるが、そもそもリリィは王都を知らない。どこに何の店があるかも知るはずがないのだ。
街へ行きたいなら言ってくれれば連れて行ったのに、とアルシスは舌打ちする。
さてどうしたものかと思案していると、見覚えのある横顔を見つけた。長い髪をひとつに結んでいるが間違いなくリリィだ。
ほっとしてリリィのいる方へ向かって歩き出したアルシスが見たものは、今まで目にしたこともない満面の笑みを浮かべたリリィだった。
「クリス!」
駆け出したリリィは先にいる男に駆け寄ると、その腕に抱きついた。突然腕を掴まれた男は驚いた顔をした後に、リリィを見て破顔した。身綺麗に整えられた格好をした男は、リリィよりも一回りは年上に見える。貴族というよりは商売人といった風情の男は、リリィを抱き寄せて頭を何度も撫でていた。
「リリーシア様!」
「会えるとは思わなかった!どうして王都にいるの?」
リリーシア?
甘えたような声で話すリリィを信じられないような顔で見ていたアルシスは、それ以上に知らない名前で呼ばれているリリィに動揺を隠せなかった。
リリィというのは偽名か?
偽名を呼ばされていたのか。
二人に気づかれないように、数メートル後ろの物陰に潜んだアルシスは二人の会話の続きを聞いている。
「そんなことより、リリーシア様!どれだけ心配したと思っているんですか!」
「ようやく会えたのに、お小言はやめて」
「今はどこで何をしているんですか?雪の魔獣退治に行くなんて嘘だったんでしょう?」
小言を言われながらも嬉しそうなリリィは、笑顔を絶やさずクリスを見ている。
「本当よ。三日後の凱旋パレードで馬車に乗るもの」
「まさか!」
「本当よ」
クリスが怒っているのを見て、懐かしさでリリーシアは胸がいっぱいになる。こうやってクリスはいつだってリリーシアのことを考えて、怒って、大事にしてくれていた。実家を出たことで二度と会えないと思っていたのに再会することができた。
「なんてことをしてるんですか。危険じゃないですか!」
「死にかけたこともあるけど、無事だったでしょう」
胸を張って威張るような動作をするリリーシアに、困り果てたように眉を下げたクリスは両手でリリーシアの顔を優しく包む。
「凱旋パレードに出るのはやめた方がいいかもしれません。王命であれば断ることは難しいかもしれませんが」
「どうして?」
「旦那様がリリーシア様を探しておられます。誰かに見られたらリリーシア様のことがバレてしまいます」
一瞬にして蒼白になったリリーシアが小さく悲鳴をあげた。口元を覆った両手は小刻みに震えている。
「どうして?やっと自由になったと思ったのに?どうして?」
真っ白な顔をしたリリーシアが何度もクリスに問いかけた。
その時教会の鐘が鳴った。リリーシアがクリスに王城へ申請した戻る時間が迫っていることを告げると、まだ数日はクリスも王都にいるからと次の約束をして二人は別れた。
別々の方向へ歩き出した二人の後ろ姿を、アルシスはずっと見ていた。




