19.これからの二人(1)
アルシスが騎士団の鍛錬場から出たところで、運悪く騎士団長に捕まった。捕まると碌なことにならないと知っているアルシスは、騎士の礼してその場を離れようとした。
「アルシスはいつになったら結婚するんだ?」
やはり碌でもないことを言い出したと、アルシスは舌打ちしたい気分になった。
「その内しますよ」
「なかなか結婚しないから、お前達は上手くいってないんじゃないかと噂になっているんだよ」
「無用な心配です」
明らかに不機嫌になったアルシスは、必死に理性を保ちながら騎士団長にひと言告げた。騎士団長はまあそうだろうなと思いながら、話の続きをすることにした。
「魔法士長がリリーシアの魔力を高く評価していたぞ。荒削りではあるが、育て甲斐のある優秀な魔法士だと、魔法にしか興味のないあの変わり者が喜んでいた」
「そうですか」
「大人しそうな外見に似合わず、攻撃魔法が得意らしいな」
「そうですね」
「下の者の面倒見もいいらしいぞ」
「そうかもしれませんね」
アルシスには騎士団長の意図が見えなかった。アルシスですら知っているリリーシアの魔法士団生活について、長々と話をしているのはなぜだろうか。
「今度、国境の街に騎士団が派遣されることになった。魔獣が出現し続けたのは不自然だと大臣達が言い始めたんだ」
国境の山に突如出現した魔獣は、十年間一度も隣国へ移動することはなかった。不自然ではないかというのが大臣達の弁だ。
土地が痩せた隣国は主食である穀物をこちらの国に頼り切りになっているため、物流が止まるのは隣国にとっても痛手だったはずだ。そのため、隣国介入の線は薄そうではあるが、行けと言うからには行くことになるのだろう。
「それに魔法士団も同行するんですね」
「正解だ。リリーシアは間違いなく派遣されるよ」
「魔法士団は出自の関係ない完全な実力主義だ。リリーシアは貴族令嬢でありながら高慢なところもなく実力もあって、魔法士団員からも一目置かれているらしい。そこでお前と上手くいっていないんじゃないかとの噂で、団員達が色めきだっていると」
「はあ!?」
騎士団長が遠回りして、漸く辿り着いた話の着地点はそこだったかと理解する。そして、その内容に青筋を立てる。
「リリィは魔法士団を辞めさせます!」
「阿呆か。そんなことできるか」
今にも魔法士団へ乗り込んで行きそうな部下を、騎士団長が押しとどめる。
いつもは冷静沈着で他人に興味のひとつも持たないこの男が、リリーシアのことになると人間味が増して面白い。騎士団長は常々思っているが、火に油を注ぐので口を噤む。
「国境の地にはお前も遣るつもりだから安心しろ。これはリリーシアのことを抜きにして、お前が適任だと全会一致した」
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王宮魔法士団の役目は、雪の魔獣の出現していた山で魔の痕跡が完全に消えているかの確認だ。そして、国境付近に魔を引き寄せるような不審なものがないかの調査も任されている。
王宮騎士団はその魔法士団の護衛と、不審な者や国境付近に怪しい動きがないかを調査する。
魔法士団は二人一組で数組に分かれ、麓と中腹の中間を調査していた。
リリーシアはこれが死者を何人も生んだあの極寒の山かと複雑な気持ちを抱きながら、同僚と二人で山を下る。
同じ山であるはずなのに、雪に覆われていた時とは景観が全く異なっている。緑深い森の木々には小動物や鳥の気配がある。雪を被って立ち枯れたように伸びていた木々は、もうそこにはなかった。
魔力に反応して鳴る鈴を持って歩いていると、同僚がリリーシアに唐突に話を振ってきた。
「吊り橋効果って知っているか?危険な目に遭った時の緊張から生じる気分の高揚を、人は恋だと勘違いするらしいぞ」
「そんなことがあるのね。面白いわ」
初めて聞く話にリリーシアが感心すると、求めていた答えではなかったらしい同僚がまだ話を続ける。
「リリーシアも危険な雪山で、恋に落ちたと勘違いしているだけじゃないのか?」
同僚の話がリリーシアとアルシスのことを言っているのだと、リリーシアはようやく気づく。
「勘違いでも何でもいいの、きっかけが何であれ私がアルシスを好きなことは変わらないから」
そこまで言ってから、ああそうかと思い至る。
「あなたも私達の不仲説を聞いて、心配をしてくれているのね」
最近ローナから聞いたリリーシアとアルシスが破局寸前だという噂には驚いた。これが本当の噂の怖さかと、リリーシアは当事者になって初めて身震いがした。
そして、根も葉もない噂を信じてアルシスから逃げ出してしまった過去を思い出し、申し訳なさが蘇る。
その後なぜか傷ついた顔をした同僚は、二手に分かれて調査しようと言い出した。合流地点を決めて別々に山を下っていると、アルシスに声をかけられた。
「リリィ」
「アルシスもこっちにいたの?」
「さっきのはなんだ?」
「聞いていたの?」
アルシスは眉間にしわを寄せてリリーシアの手を掴んだ。力強く掴まれたことに驚いてリリーシアが顔を上げると、苦虫をかみつぶしたような顔のアルシスがいた。
「あの男にはもう近づくなよ」
「仕事の同僚だもの。それは無理よ」
アルシスの言葉が本気か冗談か判らないので当たり障りのない返答をしたが、どうやら不満だったようでアルシスの眉間に更にしわが寄る。
「勘違いでもいいとか言うな」
拗ねたような声で言うアルシスにいささか驚きつつも、言われた言葉に嬉しくなってリリーシアが破顔する。この気持ちを勘違いと言われたら、リリーシアからは何もなくなってしまう。
「そうね。勘違いじゃないわね」
途中、リリーシアが初めてアルシスに介抱してもらった木陰を見つけた。ここが二人の始まりだったと懐かしい気持ちでいると、アルシスと目が合ってどちらからともなく笑みがこぼれた。
しばらくして数人の騎士と合流すると、リリーシアの同僚魔法士との合流地点まで一緒に歩く。リリーシアと一緒に戻ってきたアルシスを、同僚は睨みつけるように見ていた。
その夜リリーシアは魔法士団の上司に許可を取り、よく食事をした麓の酒場へアルシスと足を運んだ。




