17.クリスの役目
王都に戻ってリリーシアとアルシスは、王都の中心から外れた小さめの屋敷で暮らし始めた。アルシスの実家の持ち物だが、アルシスが婚約者と住むために貸してもらっている。
生活を始めてすぐにレイナが体調を崩すようになり、慣れない場所での生活で体に負担がかかったかと思っていたら、妊娠していることが判明した。
二人の子供だったら私の弟妹か甥姪みたいなものね、とレイナの妊娠を誰よりも喜んだのはリリーシアだった。
今日の屋敷での仕事が終わってクリスが自室に戻ろうとしていると、向かいから歩いてくるリリーシアを見つけた。
「レイナは部屋?」
「悪阻が治まらなくて寝ていますよ。そういえば、最近刺繍を教えてもらっているそうですね」
「レイナがじっとしているのが落ち着かないというから、一緒に刺繍をしているの。私も久しぶりだから勘を取り戻しつつ刺しているわ」
「できあがりが楽しみですね」
最近のリリーシアは以前ではあり得ないくらい落ち着いて、情緒が安定している。不安定なリリーシアを近くで見てきたクリスだからこそ、変化が目に見えて判る。
「レイナは赤ちゃんのものを、私はクリスのハンカチに刺繍をしているのよ」
クリスは廊下の角をちらっと見て、額に手を当てた。小さくうなり声も聞こえる。どうしたのかとリリーシアが首を傾げると、なんでもないと誤魔化された。
お大事にねと言ってリリーシアが階段を上っていくのを見送ると、廊下の角からアルシスが姿を現した。
「なんで俺のハンカチじゃないんだ?」
「それを直接言えば良かったじゃないですか。どうして隠れてたんですか?」
呆れた顔でクリスが言うと、ばつが悪そうにアルシスが答えた。
「俺に渡すのが嫌なのかもしれないじゃないか!」
「そんなわけないでしょう」
この二人は決定的に性格の相性が悪いとクリスは思う。
普段からアルシスは伝わっているだろうとあえて口に出さないし、リリーシアは相手の負担になりたくないと肝心なことを言わない。
「こじれるに決まってるじゃないか」
「クリスがいて良かったわね」
クリスがレイナを相手に愚痴っていると、明るい声で妻が答えた。
「あんな感じで、どうして国境で恋人になったんだと思う?」
「生きるか死ぬかの極限の状況じゃないと、本音を言えないんじゃないの?」
そんな特殊な状況は今後あり得ないだろうと、がっくりと肩を落とす。
バリー達が二人の言葉足らずな部分を補っていたことを、クリスは知らなかった。
翌日クリスは、アルシスに不格好なものを渡したくないから、自分には練習の品をくれる気だったみたいですよと伝え、リリーシアにはアルシスが最初の刺繍を欲しがっていましたよと伝えた。
どうやら今回はすれ違いを回避できたみたいだが、圧倒的に言葉が足りない二人をどうしたらいいのかと頭を抱えた。
やはり間に入るのは自分しかいないのだろうと思いながら。




