16.この手を掴んで(2)
『魔獣退治など、我が家系にはない魔力持ちのリリーシアが行けばいいものを』
『お前なんかを生んだから、私は夫に謂れのない疑いをかけられた』
『私はニース様と結ばれたいのに、どうしてお姉様は判って下さらないの?』
『君との婚約はグレイスとの愛の障害なんだ』
暗い部屋の中でリリーシアは自分のあげた小さな悲鳴で目が覚めた。激しい動悸がリリーシアを襲い、呼吸も乱れている。涙を拭うために頬にあてた両手は、小刻みに震えていた。
闇の中でリリーシアを見つめるアルシスと目が合った。
「……起こしてしまったわね」
「ずっとうなされてるから、起こすか迷ってた」
アルシスはリリーシアの頬を伝う涙を拭うと、その目元に唇を寄せた。そのまま泣き止まないリリーシアの頭を胸に抱いて、背中をずっとさすっている。
泣き止まそうとする意図をもってされていることなのに、リリーシアは更に涙が止まらなくなってどうにもならない。
アルシスの寝間着はリリーシアの涙でぐっしょりと濡れている。ぎゅっと抱きついた腕に力を入れるとアルシスが小さく笑った。
「いつも捨てられる夢を見るの」
「でも実際は捨てられたんじゃない、リリーシアが捨てたんだよ」
思いがけないことを言われて、呆けた顔をしたリリーシアがアルシスをじっと見る。
「私が捨てたの?」
「そうだ。もう必要ない相手だろう?」
男爵家にいた時は家が全て、父親が全てと言われて育った。まさか自分から家族を見放すなどとは考えたこともなかった。
「でも俺にはリリィが必要だ」
どうしてアルシスは私の欲しい言葉をいつもくれるんだろう。助けて欲しい時に現れて、立ち上がれない時に手を差し出してくれる。
「アルシスと一緒にいるとどんどん自分が弱くなってしまうの。ひとりでも立てるはずなのに、寄りかかりたくなってしまって、ひとりでできたことができなくなってしまう」
「それは弱さじゃないだろう?俺がずっと支えるから寄りかかってくるといい」
リリーシアはずっと側にいたいと望んでしまった。この気持ちはどうあっても消えそうにない。だったら、また傷つくかもしれないけれど、もう一度アルシスを信じて一緒にいようと心に決めた。
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魔力切れ寸前まで陥ったリリーシアは、クリス達の出発の準備ができた頃には本調子を取り戻していた。
リリーシアはクリス達と馬車で移動するはずだったが、馬車よりもアルシスの騎乗する馬に興味を示したので、馬で移動することになった。レイナが乗馬服を用意し、邪魔にならないように髪もきっちりと編み込んだ。
「結構高さがあるのね」
「クリスは二度と乗らないと言っていたが、怖くはないか?」
「楽しいわ。馬車よりも好きだわ」
アルシスはリリーシアが、馬車は頭がぐらぐらすると言っていたことを思い出す。アルシスの前に座るリリーシアの肩口に顔を埋めて甘えるような仕草をする。
「王都に帰ったら帰ったで、色々大変なのが目に見えているから帰りたくないな」
「大変なの?」
今頃王城が大混乱に陥っているであろうことを想像し、一介の騎士には直接関係のないことだがと思いつつアルシスは身震いした。
「宰相が失脚する。第二王子と第五王女はよくて臣籍降下だろうな」
かの国からもたらされた不自然な数の第二王子と宰相の書簡には、決定的なことは記されていなかった。しかし、些末な内容とはいえ国の内政に関する記述があったため、宰相は他国と結託しようとしたとして処罰される。地位は剥奪され、その後は裁判にかけられる。
「大ごとじゃないの。まさか戦争にはならないわよね」
「十年以上も前の話な上に、証拠が弱い。向こうもやっと国内が落ち着いてきたところで、友好国と事を荒立てたくないようだ。宰相の派閥の不穏分子を処罰することにはなるだろうが、あとは大臣達が外交手腕を発揮させるよ」
クリス達から国の悲惨な話を聞いたことがあったリリーシアは、最悪の事態は回避できるのかとほっと胸を撫で下ろした。
面と向かって話をすると警戒して口数の少なくなるリリーシアだったが、馬上という環境に興奮気味だったせいもあって、久しぶりに色々な話ができた。
「南に行きたかったんじゃないのか?」
「……気が変わったのよ」
「なんで偽名がフーカーなんだ?」
「私が二人の仲間に入りたかったから」
「次からは俺の名前を名乗るといい」
「……え?」
「王都にある父の屋敷を借りることにした。クリス達もそこに連れて行く。中心からは少し離れているがちょうどいい場所だと思う」
「……あの」
「王宮魔法士団には少し返事を待ってもらうように言ってある。その間に考えたらいい」
「……ちょっと」
「バリー達もしばらくは王宮に雇われるようだし、リリィのことも心配していたから屋敷に呼んである」
「……アルシス?」
リリーシアの許可も相談もなく話が進んでいることを聞かされて、焦ってアルシスを振り返るとアルシスが意味ありげな笑いを浮かべていた。
「どうしてどんどん話が決まっているの?」
リリーシアには選択権を与えない方がいいと思ったからとは言わない。リリーシアに言えば迷うから、言わずに決めてしまえばいい。
「リリィがその手を離そうとしても、俺はその手を掴んで離さないから」
アルシスを振り返ったリリーシアは、面白いくらいに困った顔をしていた。アルシスが逃げられないから覚悟しとけともう一度言うと、途端に破顔した。それはリリーシアがレイナに見せた表情に酷似していて、アルシスを満足させた。
前方に王都が姿を現した。これからはあの街がリリーシアの生きる場所となる。
あの場所で愛する人と幸せになりたいとリリーシアは願った。




