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その手を離しても  作者: 新在 落花
本編

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1/19

1.魔獣退治

 執着してはいけない。失ってしまうから。

 望んではいけない。それは叶わないから。

 愛してはいけない。きっと裏切られるから。


 ずっとひとりでいれば、それ以上絶望することはない。

 そう心に誓って生きてきた。



-----


 濃厚な男女の空気が部屋中に漂っている。

 寝台の上で絡まる男女の影が寝入ったのは夜も更けた頃だった。


 隣で身じろぎした気配にアルシスの目が覚めると、まだ外は真っ暗だった。


 アルシスが隣で眠るリリィを見ると、眉間にしわを寄せて小さく苦しそうな声をあげている。リリィはあまりいい睡眠をとる方ではない。よくうなされるし泣いている。


 朝になって悪い夢でも見たのかと聞いても覚えていないと言うが、本当の所は判らない。

 リリィは感情を表に出す方ではないし、自分のことはほとんど話さないからだ。


 アルシスが涙で頬に張り付いたリリィの茶色の髪を指ですくって横に流すと、眠っているリリィがその手にすり寄ってきた。起きている時はそんな甘えるような仕草は決してしないのに、眠っている時のリリィは素直で無防備だ。


 アルシスが小さく笑って愛しいその存在に軽く口づけると、リリィを胸の中に抱き入れてもう一度眠りに落ちた。



 リリィとアルシスは国境近くの街で、雪の魔獣退治に参加していた。


 その街に魔獣が現れたのはもう十年も前のことだ。

 暖かな気候の豊かな街であったのに、魔獣が現れてからは山も街も雪に覆われてしまった。


 雪に覆われて他国との貿易の要であった陸路を閉ざされてしまい、商品の輸送ができなくなった。高波の発達が著しい海に囲まれているため海路をとることは難しく、国は疲弊し衰退の一途を辿っていた。


 国から派遣された幾人もの騎士や剣士、魔法士が山を訪れ魔獣を倒そうとしたが、誰も成しえることはできなかった。

 そこで魔獣を倒した者に莫大な報奨金を与えると、国が布令を出したのは六年前のことだ。


 リリィとアルシスが出会ったのは、雪山の麓の宿場町だった。報奨金狙いの猛者達が多くたむろする狭い酒場の店の隅で、たまたま相席したのがきっかけだった。

 雪山で再会し、なんとなく一緒に退治に出かけることになり、いつしか宿の同じ部屋で過ごすようになった。


 やがて気の合う他の剣士たち五人で行動を共にするようになり、彼らが雪の魔獣を倒したのはそれから一年と少し経った頃だった。


 アルシスは強靱な剣士であったし他の三名も槍や剣、それぞれが得意な得物を持っていたが、リリィだけは魔法を使って魔獣を攻撃していた。リリィは普通の娘であったが、王宮魔法士と遜色ない、あるいはそれ以上の魔力量を持っていた。


 雪の魔獣の氷の飛礫もいくらでも防壁で躱し、すぐに業火で焼き払う。その隙をついて、他の仲間が魔獣の眷属を倒す。リリィの無尽蔵な魔力は仲間達をサポートし続けた。


 しかし、リリィの戦い方は見てる方が恐ろしいと仲間たちは思っていた。

 恐れず死線を超えるといえば聞こえはいいが、その様は死に急いでいるようにしか見えなかった。別に危険の少ない方法があってもあえて危険な方を選び、ここで退かなくては危険だという時も一歩も退かずに突き進む。


 その捨て身の攻撃のお陰で雪の魔獣を倒すことができたと言っても過言ではないが、その戦う様は勇敢なようで痛々しかった。

 

 雪の魔獣を倒したのは確かにアルシス達のパーティーであったが、特別に剣士として秀でていたかというとそうではなく、偶然の産物だと全員が思っている。たまたま他の剣士に追い詰められ弱っていたところに遭遇し、魔獣の隙をついてその首を落とすことに成功した。それだけだった。


 絶命した雪の魔獣から魔物の核を取り出し、退治が成功したことを国に報告した。


 すぐさま街はお祭り騒ぎとなり、アルシス達は英雄だと崇めたてられた。


 強大な雪の魔獣を倒した英雄たちは、王都にて催される凱旋式のために明日この街を発つ。


 最後の夜は街のいつもの酒場で祝杯をあげることにした。店の主が英雄のためならと貸し切りにしてくれたため、静かな夜を過ごすことができた。


「まさか俺たちが王都の凱旋式に英雄として呼ばれるなんて、考えたこともなかったな」

「そうよね」


 パーティーで最も厳つい体躯をしたバリーと、女剣士のローナがもう何杯目かという酒を飲んでいる。元より酒に強い二人はそれでもまだ酔っておらず、更に杯を重ねていた。

 そこに一見優男のオスカーが、薄笑いを浮かべながらバリーに近づき肩に手を回した。


「報奨金を貰ったらどうするつもりだ?」

「私は故郷に帰って家を買うの」


 即座にローナが答えた。


「ローナはえらく現実的だな」


 報奨金目当てに集まった剣士たちだ。その使い道で話に花が咲くのも仕方がないことだ。


「リリィはどうするの?」


 ローナが口にグラスを運ぼうとしていたリリィに話を振ると、リリィは少し考えて口を開いた。


「私は南に行ってみようかな。雪山寒かったし暖かい場所に行きたくなったわ。南は治安がいいから女ひとりでも安全でしょう?」


 甘い酒の入ったグラスを傾けながらリリィが答えると、周りの空気が固まった。


「「「え!?」」」


 三人が同時に声を上げた。


「え?何?」

「なんで?」


「だめなの?」

「ひとりで南に行くってどういうこと?」


 ひやりとした空気が三人の背中をなぞる。

 三人が恐る恐るテーブルの端を見ると、薄い笑みを浮かべたアルシスがゆっくりと杯を傾けている。リリィはじっとりとした視線を送られていることに気づきもせずに言葉を続ける。


「三人ともおかしいわよ。それとも南に行ったらいけない決まりとかあるの?」


 いつもとは違う三人の様子に動揺したリリィが問いかけると、三人が顔を見合わせた後に、ローナが代表してリリィに質問をした。


「確認するけど南にはひとりで?」

「そうよ。一緒に行きたいの?」


 更に部屋の温度が下がったような気がする。三人はぎゅっと目を瞑って、テーブルの端が視界に入らないようにした。

 

 怖い。テーブルの端が見られない。


 ローナがリリィを立ち上がらせて店の隅へと連れ出すと、小声でリリィに話しかけた。


「そうじゃなくて、アルシスはどうするの?」

「どうするんだろうね。別に何も言ってなかったわね」


「リリィはアルシスの恋人だと思ってたんだけど、違うの?」

「違うわよ」


 ころころと笑いながらリリィが即座に否定する。


「ずっと一緒の部屋だったじゃない!つまりそういうことでしょう?」

「まあ、そういうことなんだけど恋人ではないわね。行きずりでもないけど、なんとなくのこの間だけの関係よ」


 あっさりと否定したリリィは不思議そうな顔をしてローナを見ている。

 ローナは背中に感じる視線に気づかないふりをして、そろそろお開きにしようかと三人に声をかけた。

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