第四話:テーブルマナーと依頼
―陸視点―
広いお風呂を存分に満喫した僕たち。
長旅の疲れも心地よく癒え。
気分よく部屋で休んだ後で。
侍従さんに案内されて、同階にある食堂へ通されたけど。
一本の幹から切り出したように継ぎ目のない長テーブルと、カジノで見た物よりも上品な光を放つシャンデリア。
そこは、まるで。
王様の食卓だね。
VIP待遇だとは聞いていたけど。
何処まで待遇が良くなるんだと思わずにはいられない程で。
……で、食事時。
料理が楽しみ過ぎて完全に失念していたけど。
テーブルマナーの存在があったんだ。
小学校とか中学校で、そんな感じの講習を受けたような覚えはあるけど、扱い方とかちょっと覚えてなくて。
―――これ、大丈夫なのかな。
僕の目の前に出された料理。
香草のソースで彩られた鳥のローストとにらめっこをしている間に、康太は肉を突っつき、春香は頬張り、美緒は慣れた手つきで口に運ぶ。
全員の行動が対称的過ぎて。
もうガチガチに緊張してて。
スープとかサラダは流れでどうにかなったけど、これは如何とも……うぅ。
僕はナイフを片手に固まり。
そんな様子に気付いたのか。
同じく席についていたネレウスさんが声を掛けてくれる。
「ふふ…皆様。咎めるものはおりませんので、気になさらずお食事を楽しんでください」
「そう、その通りだよ」
「……先生?」
「こんなに良い食事なのに、緊張で味も分からないんじゃ勿体ない。好きなように――ほぅ、これは中々。ネレウス様、この鳥はベンヌですよね?」
「――えぇ。少々伝手がありまして」
「流石、美食大国クロウンス」
……彼はどっち側の人間なんだろう。
完全に便乗している彼はしかし。
僕と違って自然な手つきで料理を口に運ぶ。
その動作はちゃんと訓練を受けているようで、とても様になっていて。
「――先生は、随分と慣れてますね」
「一日の長ってやつだよ。仕事柄ね」
仕事…冒険者だよね?
テーブルマナーが要求されるような職業だっけ?
でも、確か上位の冒険者ともなると。
国家から指名依頼も受けるというし。
公の場で恥をかかない為には、そういう技術も必要なのかもしれないな。
彼らがそう言ってくれるなら。
お言葉に甘えて。
有難く頬張ろう。
……うん、ジューシィ。
僕たち四人と先生、そしてネレウスさんの六人が座る食卓には。
しばしの間食器の擦れる音と談笑の会話が続くことになった。
こういう所がすごく美味しいだとか。
この料理はなんていう食材を使っているのかとか。
因みに、さっきの話題に出ていた「ベンヌ」というのは。
大陸南側のごく一部にしか生息していない霊鳥だという。
問題なのは、その取引金額で。
ナイフを落とすところだった。
でも、実際に落とした親友にも。
ネレウスさんは穏やかに「気にしないでください」なんて言ってくれて、侍従の人がすぐに取り替えてくれた。
そんな和やかな雰囲気が続いた食堂。
楽しい食事が終わり。
「――では、依頼の仔細にお移りしましょう」
全員が食後のお茶を出されて。
話されるのは、この後の予定。
「王は病に伏しておりますので、娘である聖女様のみが応対されます」
「「……………!」」
幾つかの説明を終えた後。
ゆっくり開かれた扉から。
一人の少女が入ってくる。
白を基調とした西洋風の法衣を纏っており、儚げな容貌の女の子で。
真紅に輝く長髪と。
淡い朱の澄んだ瞳。
……ギメールで見た魔人の血のようなモノとは似ても似つかない。
磨き抜かれた宝石のように澄んだ瞳が特徴的。
「――初めまして、皆さん。私は今代の聖女を務めております、オフィリア・パーシュースです。オフィリアと呼んでください」
この子が――聖女。
外見は、未だ幼さを残していて。
僕たちと同じくらいの年頃の筈。
しかし、その立ち振る舞いは。
見惚れそうな程に――優雅だ。
彼女は自己紹介をして一礼すると、ネレウスさんの隣に座る。
二度手間になるからと。
まだ彼にも自己紹介していなかったので。
僕たちはようやくこの場で一人ずつ自分の名前を言っていく。
最後に春香が自己紹介したとき。
オフィリアさんがピクリと反応した気がしたけど。
……気のせいかな?
先生は完全に聞き手に回り。
元々、面識があるのかもね。
場が落ち着いたのち。
ようやく僕たちがこの国へ来た理由……オーク種の異常発生の話が。
ネレウスさんの口から語られ始めた。
……………。
……………。
クロウンス王国は、自然が豊かな地として知られている。
過ぎたる開発はやがて多くの生物の居場所を無くしてしまうという考えの元。
手つかずの場所は非常に多く。
その影響もあって、周辺には。
元々オーク種も存在していたらしいけど。
今までは、騎士や冒険者によって間引きされていたおかげで、被害は殆ど出ていなかった。
……でも、ここ二ヵ月の間で。
突然オークの大発生が起きた。
周辺の冒険者たちの中から行方不明になる者が出始め。
やがて、グレース周辺で被害が頻発、一般市民の失踪も増え続けている。
騎士団本来の任務は。
当然都市内の守護で。
騎士たちは、当然に。
外部へ手を広げ、大規模な遠征を行うことは出来ないと。
事態を重く見た王国側は。
すぐにギルド本部へ要請。
上位冒険者の一行が派遣されてきたらしい。
……でも、その彼らもが消息を絶った。
思いがけない事態に王国側、ギルド側ともに慎重になり、最上位冒険者を動かすことも念頭に入れられたらしいけど。
今回はギルド総長の一存で。
僕たちが派遣されてきたと。
あまり多くのことを聞いたわけではなかったから楽観視していたけど。
思ったよりも、事態は深刻だったらしい。
何より、僕たち以前にも。
冒険者は派遣されていて。
上位冒険者ともなればB級、A級の強者ばかり。
一般のオーク種であるならば何ら問題なく討伐できる筈なのに、どういう事なのだろう。
「――あの、被害はこのグレース周辺だけなんですか?」
「あ、確かに。もっと攻めやすいところとかあると思うんだけど」
美緒の疑問は最もだ。
春香の言葉も、言い方はちょっとあれだけど。
中央にあるグレースよりも、辺境の村々や地方都市の方が簡単に攻めることが出来るだろうし。
質問を受けたネレウスさんは。
その通りなのだと熱心に頷く。
「えぇ、それがおかしいのです。何故かオークたちはグレースを集中的に攻撃してくる。僻地の農村部は勿論、少し離れた程度の都市でも被害が出ていないのです」
……確かに、凄く妙だ。
普通に考えて、攻めるに易い箇所を狙って多くの利益を望むのが正しい。
いくらオークの知能が。
人間より低いとは言え。
動物だって学習するし。
本能で別の場所の方がやりやすいと理解できる筈なのに。
「騎士団も総動員して事に当たっているのですが、失踪者は増える一方で――」
ネレウスさんは憂うような表情を見せ。
オフィリアさんは目を伏せる。
この人たちは、本当に。
国民の事を想って行動しているのだろう。
話を聞いていると、さっきまで感じていた得体のしれない脅威への恐怖が薄れ、この人たちを助けてあげたいという考えが勝り始めてきて。
「このグレースの近辺に根城があるというのは殆ど確定したこと。特に手付かずの森林部ですが、こちらは既に調査を開始しております」
既に行動は起こしているけど。
まだ、めぼしい成果は無いと。
そして、続く言葉で。
僕たち四人の間に緊張が走った。
「これは、未だ予想の域を出ないものなのですが……我ら内部に黒幕がいる可能性がございます」
それは、とても物騒な話。
近辺に根城がある事は。
確かに納得できる。
多くの冒険者を返り討ちにできるということは。
少なくとも、かなりの個体数が存在しているという事で、大移動をするのならば目撃情報が出ない筈はない。
どこからか来たのではなく。
この都市周辺に巣くっているのは間違いないだろう。
でも、内部ってことは?
この国にオークを操っている者が居るという事?
「――でも、そんなこと出来るんです?」
「恐怖でしかないですけど」
「意思の疎通が出来るからね。もしかしたら、何者かがオークたちを操って攻撃している可能性は十分にある」
「そうであるなら、恐らく目的は」
春香の疑問に答えた先生の視線が。
この場にいるただ一人に注がれて。
それに付随するように。
僕たち四人の注目もだ。
「――恐らく、そうなのでしょうね」
それらの視線を受け、彼女は静かに肯定した。
このグレースに在って。
周辺都市にないものは。
わざわざ強固な守りと優秀な騎士団を保有する都を攻めてまで手に入れる価値のあるものは。
聖女オフィリアさんだ。
彼女と言う存在は、どんな財宝よりも価値があるのだろう。
風以外に存在する三聖女は。
世襲制であるとされている。
でも、その実態は。
先代の聖女が亡くなれば、血縁の女性にその力が宿るという事。
つまり、彼女は生きている間。
何があっても聖女であり続け。
仮に攫ってしまえば。
後は、どうしようともその力が失われることは無いのだ。
「……何か、すごーく嫌な組み合わせだよなぁ」
「「……………」」
「康太君、変なこと考えないで」
聖女とオークは。
確かに駄目だよ。
……じゃなくて、もし黒幕がいるとするならばその狙いは?
考察を上げるとするのならば―――
「オフィリアさん以外にも血縁の女性がいて、力を継承させるために……という事は考えられないんですか?」
物騒この上ない話だけど。
聞かない訳にもいかない。
でも、杞憂だったようで。
問われたネレウスさんは、首を横に振る。
「恐ろしい話ですが、それはまずないでしょう。私は先代の聖女様の事を、彼女の幼少期から存じておりますが、彼女が生涯で産んだのはオフィリア様のみ。それ以前も火の聖女の血筋は厳正に管理されておりました」
「――管理……?」
「それは……えと」
「補足しておくと、無理やり婚姻とかはされていないよ。基本的に恋愛自由だ」
厳正に管理…とか。
凄く不穏な言葉で。
思わず不憫に思ってしまったけど。
好きな人と結婚できたのなら、多少は救いもあるのだろう。
というか、合いの手で説明を挟んでくる先生はなんでこんなに詳しいんだろう。
暫くの間続いた質問。
でも、僕たちが考えた全ての予想は、既に議論された後だったようで。
考えてみれば、至極当然だね。
文官さんは選ばれた有能揃い。
クロウンスは大国で。
その国家問題が、子供の発想で解決される可能性なんて、万に一つくらいだ。
やがて、居住まいを正した僕たちに。
ネレウスさんが本題を切り出して。
「して、本題なのですが。皆様には騎士団と連携して、周辺環境の調査と本拠地の特定をお願いしたいのです。内部の調査は私共が全力で当たりますゆえ」
「それは、任せてください!」
「こっちも全力でやりますね」
「頑張ります」
「達成してしまっても構わないんでしょう?」
死亡フラグなど知ったことではない。
僕たちの冒険は、まだまだ続く予定だから、ここで倒れる訳にはいかない。
―――そんな決意を固めた時。
思いもよらない言葉が。
彼の口から発せられて。
「これは、ご相談なのですが」
「「……………?」」
「この国で行動なさる間、オフィリア様をご同行させていただけませんか?」
「「――え?」」
オフィリアさんを……って。
かなり危なくないかなソレ。
思わず、困惑してしまう。
調査という事は都市の外にも出向くことになるだろうし、彼女が戦闘をこなせるとは思えない。
あり得ないくらい強い聖女は知っているけど、リザさんは別格だし。
その困惑を感じ取ったネレウスさんは、改めて説明を続ける。
「内側に敵がいる可能性もある以上、万が一のことがあります。ですから、初めから皆様とご一緒させていただくことが最も安全だと判断いたしました。――どうか、よろしくお願いします」
彼はそう言って頭を下げる。
それは、隣にいるオフィリアさんも一緒で。
……今日顔合わせをしたばかりの人達。
それなのに、僕たちは。
これだけ信用されてて。
それは【勇者】という名が少なからず影響を与えているのだろう。
で、あるならばだ。
此処は「僕たちを勇者だからと判断するんじゃない」……なんて怒る場面ではない。
むしろ、その逆で。
流石は勇者だと、彼らを安心させることが出来るチャンスなのだ。
この機を逃す手はなかった。
「――皆、大丈夫だよね?」
「はい、守って見せます」
「無論……だな」
「それ、格好良く言いたいだけでしょ? ――当然、大歓迎!」
確かな意志を宿した美緒。
ここぞとばかりにニヤリと笑う康太と突っ込む春香。
春香だけ、何故か。
凄く嬉しそうなのが気になるな。
やっぱり、聖女様と一緒だから?
流石は僕の大切な。
頼もしい仲間たち。
黙って様子を伺っていた先生は満足そうに頷き。
ネレウスさんとオフィリアさんは、嬉しそうに顔を見合わせる。
―――これで良かったんだ。
「有り難うございます! 皆さん!」
改めて頭を下げるネレウスさん。
席を立ったオフィリアさんは、こちらに近づいてきてお礼を言う。
流石に僕や康太が最初に出るとアレだし。
女性陣に対応してもらうことにしようか。
「よろしくね? フィリアちゃん」
「はい、ハルカちゃん! 皆さんもお願いします!」
…………………………ん?




