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暗黒卿の魔国譚  作者: ブロンズ
第五章:過去編 彼と六魔の三百年(弐)

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第十六話:去る者、追う者

―アルモス視点―




 大馬鹿をやらかしてから一週間が過ぎた。 

 普段通りの日常を送っている……とは言い難い。


 二人で食事をする時でも。


 読書をしている時でも。


 彼女の存在を遠く感じる。


 まあ、実際に遠いからな。

 明らかにパーソナルスペースが広がっているし。

 お互いの会話量も極端に減少している。

 俺がどれだけ話を振っても、すぐに会話が途切れてしまうし、無理に近づこうとすれば理由を付けて逃げてしまう。

 

 追い回すわけにもいかず。


 一度は、なるがままにと。


 任せてみようとも思ったが。

 一週間経った現在となっても、全く改善の様子は見られない。


 いや。むしろ、その逆のようで。


 どんどん離れている気すらする。


 それでも食事を作ってくれたり。

 いつの間にか本が積まれていて。

 今まで通りの配慮をしてくれるのが、むしろ痛々しくて、フィーアが無理をしているのは明らかだった。



「―――――アルモス様。お話があります」



 そして、その時が来てしまった。


 いつものように食事を終え。

 彼女の出方を伺っていると。

 出来るだけ俺の目を見ないように、俯いたまま近づいてくるフィーア。


 これまでなら、すぐに食器を下げて厨房へ引っ込んでしまった筈。

 手伝う間も与えなかったはずだが。


 彼女の浮かべる表情は。


 何かを決心したもので。


 間違いなく、明るい話ではないだろう。

 食器を片付けた彼女に誘われるまま、城の階段を上がっていき、やがて見慣れた屋上へたどり着く。



 ……………。


 

 ……………。



 併設された厩舎では、竜が何時ものように丸まっていたが。

 俺たちが現れたのを見ると、嬉しそうに視線を送ってくる。


 ………訂正、俺()()にじゃなくて。


 隣の女性だけに視線を送っている。


 この面食いチョロ竜が。


 やっぱりメスにしておくんだった。

 何なら、今からでも去勢すべきだ。



 ―――んで……屋上かぁ。



 随分ベタな展開とみるが。



「フィーア。話っていうのは、何かな?」

「……………」



 それは、刃物のような鋭さ。


 俺は、彼女の剣呑な瞳を初めて見ることになり。



「アルモス様。……もう、お帰りください」



 出てきた言葉は、追放処分だった。


 物語では割とテンプレの部類だが。


 特に力不足という訳でもない筈なんだがな。

 鋭い視線でこちらを見据えながら言葉を紡ぐ彼女が、今までよりずっと遠く感じる。

 


 ここ数日の期間は。


 

 彼女が決断するのに必要な時間だったんだろう。

 「選ぶ」ではなく「決断する」だ。


 最初から、その答えは。


 決まっていたんだろう。


 負けが確定している戦闘に突っ込むほど不毛な事はない。

 物語における盛り上がり…仲間を守るために一人で立ち向かうといえば聞こえは良いが、残された者たちはどうすれば良いというのだろう。


 死んで楽になる…すぐに考えなくなる側こそ。


 全て忘れて楽になれるほうがマシというもの。


 そういう意味では。

 残された者……永遠に苦しみ続けるフィーアはどうすれば良い? 

 


 彼女は死ぬことすら許されなかった。



 死霊種の寿命は……分からない。


 だが、責任感の強い彼女の事だ。


 陛下から任を解かれるまでは。

 一生…悠久、永遠をこの領地で生き続けるのだろう。



「私は、ロスライブズの管理者エルドリッジです。これからも、この地の守護を続けます。貴方には貴方の、私には私のやることがあります。ですから――」

「もう来るな……と?」

「―――ッ……はい。その通りです」



 ここに俺を案内してきたのは。


 有無を言わせず帰らせるため。


 準備の時間くらいくれ…とは思わない。

 そもそも、俺は所持品らしい所持品を持ってきていない。

 全部現地調達でどうにかなると思っていたからな。


 その事情を知っているからこそ。


 彼女も強硬策に出たのだろうな。


 表情を変えず、能面のように頷くフィーア。

 その決意に甘さなど存在しないし、一週間で覚悟は完全に固まっている。



 ………だから、しょうがないか。



「まぁ、そんな顔で言われてしまったらな」



 俺は彼女に背を向けて。


 ゆっくりと歩み始める。


 目的地は、勿論厩舎で。

 睡眠を終えて伸びをしているリオンは、俺たちの確執などまるで気付いていないように見えるが、彼の役目はただ空を飛ぶだけなので問題ない。


 俺が檻へと近付いてくるのを。


 待ってましたと言うかの様に。

 

 檻を開けると、気怠そうに這い出てきたデブ竜。



「リオン。ちょっとそこらへん散歩して来い。これ以上太ると、マジで飛べなくなりそうだ」

「……………? ―――ッッ!」



 やはり言葉は伝わらないようだが。

 何かを察したのか、急いで大空へと羽ばたいていくチョロ竜。


 それは、丁度フィーアと初めて出会った時と同じ反応だった。


 今回は彼女の気配ではなく。


 俺を見て恐怖したようだが。


 本当に、飛んでいる姿だけは綺麗なんだよな。

 妖精のように薄く、淡く煌めく二対の飛膜。

 光を反射して、さながら芸術の如き美しさを持っているのに、性格というか……他の部分が全てを台無しにしている。



「―――様ッ……何を」



 呑気に飛んで行ったリオンを眺めていると。

 

 後ろから、フィーアの声が聞こえてくる。

 振り返った先にいた彼女は明らかに狼狽しているようで、何とかしてさっきの表情を作っている。



「……どういう……ことですか?」

「どうもこうもな? 帰るとは、一言も言ってないんだが」

「―――ッ!」



 やはり、フィーアは。

 

 根が純粋過ぎるよな。


 そんな彼女だからこそ、救いたいと心から思えるのだが。



「………ッ……この領に貴方の居場所はありません! あなたと私では…世界が違うのです。死者である私と、人間種である貴方とでは」



 彼女は、そう告げると。


 背を向けて歩き始める。


 それは、結局訂正できなかった勘違いだ。

 長命でもない人間()と、悠久を生きる死霊種(フィーア)



 あぁ、分からんでもないさ。



 その言葉で納得する者もいるだろう。

 よくある、身分の違いとか色々。

 恋愛漫画でもよくある設定で、一度挫折するのが主人公の王道展開なのだろう。



 ―――が、生憎だったな。



 こちとら、文字通り()()()()()()()()身だ。

 相手の世界に無断で踏み込むくらいわけない。


 そもそも、前提条件としてだ。 


 簡単に諦めるような性格なら。

 俺は亡国の兵士になんぞなっちゃいない。


 生きるために、生き抜くために。


 必死に言語習得をしちゃいない。


 ……何より。生き汚く命にしがみついて、魔人になぞなっちゃいない。



「君は、また逃げるのか?」

「……………!」



 それは、あくまで憶測でしかない問い。


 彼女の口から実際に話を聞いた後でも。

 彼女自身の感情、どうしてそうなるに至ったのか…心情までを察してあげることは難しいから。


 経験していない者に。


 分かるはずなどない。


 だが、あながち間違ってはいなかったようだな。



「いつかは居なくなるから、孤独に逆戻りするから。だから、最初から近づきすぎないほうが良い? ――ふざけるな。そんなバカな話を俺は認めない」



 こちらに振り返ったフィーアに向かって歩き始める。


 俺の方から、ゆっくり歩み寄っていく。


 だが、こちらを向いたまま後ずさりする彼女も聖人様ではない。

 しつこい男は、力でどうにかすることもあるだろう。



「お帰り……ください!」



 瞬間、彼女の纏う瘴気の密度が。


 飛躍的……爆発的と跳ね上がる。


 恐らく並みの――いや。

 上位の魔族であろうとも竦み上がり、気絶する者が出る程の威圧。

 

 本当に馬鹿げているとしか。


 それしか、言いようがない。


 今までに感じた恐ろしいまでもの瘴気。

 あの威力でも、彼女は抑えていたのだ。

 悪戯に周囲へと恐怖を与えないように、極限まで抑えていたのだ。



 そして、これこそが。

 

 彼女の出来る本気で。



 女神が与えた加護(のろい)の片鱗。

 


 しかし、それがどうした。



「なぁ。その程度か?」

「………ッ!?」



 勿論、ハッタリなんだけどな。


 本当は俺も肝を冷やしている。

 彼女の威圧は、これ程までのものだったのかと恐怖している。


 だが、そんなことは全く重要ではないし。

 彼女に見せるべきではない。

 あれは彼女を守る最後の防壁であると共に、縛り付ける楔だ。


 本当の意味で彼女を救ったと言うには。


 今のままでは全くもって不十分。


 有りもしない希望を見せただけの愚者(おろかもの)だ。



 ―――だが、俺は運が良い。



 なにせ、あのくらいの威圧であれば。

 恐怖をおくびにも出さずに平然としていられる化け物たちが、魔皇国には幾匹も存在しているから。


 彼女に寄り添える者たちが。


 俺以外にも、存在するから。


 なら、皆とフィーアを会わせよう。

 彼女に沢山の友を、仲間を寄り添わせよう。

 そのためには、今ここで引き下がるわけにはいかない。



()はアルモス。魔王陛下の剣であり、彼女の愛する魔皇国の民を守る盾」



 誰か助けて転げまわりたい。


 ……我ながら恥ずかしいセリフだ。

 知人の前でこんな事を言おうものなら、末代まで馬鹿にされるだろうな。


 つまり、俺の代まで。


 今更だが、俺は軍属。


 命を賭して国民を守る義務を背負っている。 

 


 なればこそ―――



「君の事を救う。もう決して一人が良いなんて言わせない」

「駄目……ダメなんです」



 逃げるように後ずさるフィーア。


 ここまでくると、まるで自分が悪い事をしているように感じてしまうが、本人の意思を無視している時点で間違ってはいない。


 俺は悪い魔人なんだ。


 魔王に仕える騎士だ。


 非行に走って、何がいけないというのだ。

 自分を縛る楔など存在しないことが、どれだけ素晴らしいことなのかを彼女に教えてやることにしよう。



「今ならまだ間に合いますから。あなたが……大きくなり過ぎるのです」



 それは決して悪いことではない。

 俺としても超が付く大歓迎だし。


 実際にそうなってくれるならば。

 フィーアが孤独から抜け出すための第一歩になりえるだろう。 



 俺は互いの声を絶対に聞き洩らさない位置まで近づき、静止した。


 言うべき台詞はこうだ。



「叩き出してみればいい。負ければ素直に帰るさ」


 

 勿論嘘だ。


 例え大魔術で城から吹き飛ばされようとも。

 何度も、何度でも戻ってくるつもりでいる。


 とんでもなく諦めが悪いからな。

 だが、純粋な彼女にかける言葉としては、これで十分なのだ。

 

 無論、彼女が弱いなんて。


 全く思ってなどいないさ。


 かつて六大神より加護を授かりし者――時代が時代なら、勇者と言われていた存在。


 決して、油断などは無く。

 腰に手を掛け、抜剣しないまでもその一挙手一投足に注意を払う。


 

 ……実の所、俺自身は。

 こんな状況下にあっても多少の興奮を覚えていた。


 それは男として生まれた故。


 性…とでもいうのだろうか。



 勇者対暗黒騎士って―――凄く燃えるだろ?

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