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暗黒卿の魔国譚  作者: ブロンズ
第五章:過去編 彼と六魔の三百年(弐)

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第十五話:縺れる糸

―アルモス視点―




「そうです。そのままゆっくり……はい、お上手ですよ。――ふふっ」

「……何か、間違えたかな?」

「いえ。アルモス様の身体は、とても逞しいのですね。こうしていると、安心できます」

「そう……だと良いんだけど」



 別に、如何(いかが)わしい事をしている訳ではない。


 そう、ただの練習。


 ダンスレッスンだ。


 だから、静まれ。俺の身体よ。

 バカな事を考えるんじゃない。


 かつて、バルガスさんに言われたことがあるのは。

 「華はないですが、所作は完璧です」という言葉なのだが。


 それは、裏を返せば。

 ただ型通りに動けているだけ……という事でもある。


 だからこそ、俺が彼女に教えを乞うことになるのは当然の帰結だったのだろう。

 かつて人間だった頃は、常に国の中枢で生活を送っていた貴人。

 優雅という言葉が服を着て歩いているような存在であるフィーアは、当然のようにダンスの心得があった。


 舞踊を神に捧げるかのように踊る彼女。


 その動きは、陛下に匹敵する程であり。


 かつ、最上の動きを行えるよう。

 相手の補助と誘導をしてくれる。

 見返りなどただの一つも求めず。まさしく、教えを乞うのに最適な教師だといえるだろう。


 ここにきて、遂に。


 俺の大幅強化フラグが立ったわけだ。



 くくくッ……待っていろよ? 



 これで、足を踏まれてもやり返せるし。

 振り回される事もなくなるだろうし。

 何より、相手をさりげなく出口の方へ誘導して、そのまま会場からとんずらこくという高等技術もこなせるようになる。

 


 ―――うん、みみっちい。

 


 流石は魔王に仕える暗黒騎士様。


 やることが一味も二味も違うぜ。

 

 あの日から、本当に何事もなく二週間が経過。

 テーブルに積み上げていた文献は既に書架へ戻してある。


 俺がこの領へ足を運んだ本来の目的。

 ラグナ・アルモスの調査は終了したわけだ。


 ……まぁ、マジで何事もなかったので。

 確固たる資料は発見できなかったのだが。


 そもそも、陛下が俺を派遣したのは、本当にこれを調べる為だけだったのかと考え始めている。

 あの方の考えることは良く分からないが、魔皇国の民である以上、彼女にとってはフィーアも娘のようなものだろうしな。


 あの意味深な言伝の件もある。


 もしかしたら、最初から。

 彼女の事ををどうにかさせるつもりだったのかもしれない。

 で、本来のやるべき仕事がなくなったからと言って暇という訳ではない。


 確かにこの荒廃した領では。


 娯楽など限られるだろうが。


 本はいくらでもあるからな。

 数百年くらいは本だけ読んでいても、およそ飽きが来ることは無いだろう。



 ……………。



 ……………。



 そういう訳で、日課となったレッスンが終われば。



「このような書籍はどうでしょうか?」

「……フム、面白そうだ」



 フィーアに渡されるのは。

 

 彼女の読んだおススメ本。


 大図書館管理者たる彼女のチョイスは、間違いがない。


 彼女は歴史上でも数件しか例がない。

 二柱の神からの加護を授かりし存在。

 最も影響を受けているのは地母神フ―カらしいが、叡智神ミルドレッドの加護も、ごく僅かに受けていたらしい。


 そういう理由もあって。

 一度読んだ本は全て内容を理解できてしまう。

 故に、あのような芸当(指折り検索)が出来たわけだ。


 ほんの片鱗の加護でも。


 それだけの力があると。


 いったい、叡智神本来の加護を受けたものは。

 どれ程の智慧を賜ることができるのだろうか。特に聡明という訳でもない俺には想像もつかない。


 他愛ないことを思案しながらも。


 差し出された本をめくり始める。



 フム……フム…ゥ?



 一応、フィーアは聖職者だったってことで良いんだよな? 


 この本は地母神の癇癪とか。

 海嵐神のやらかしとか。

 そういう短編が綴られた物語の傑作選(ギャグまとめ)なんだが。

 武戦神と大地の精霊の恋話とかは結構興味深いのだが、笑い話に脚色されているのは聖女様的にはどうなのだろう。


 案外、面白ければ良いのかもしれない。


 一応は神話を元に作られた話であるし。


 フーカとミルドレッドは仲が良いとか。

 それなりに納得できる話もある。

 二柱が一人に加護を与えるなんて、対立している場合はあり得ないだろうからな。 


 世界創世に始まって。


 人間種の繁栄があり。


 その他種族の生まれた経緯。


 描かれている物の中には、当然与太話も存在する。

 

 だが、真実が織り交ぜられているのも確かで――エルフの誕生も、実に興味深いな。

 名前の由来とか、その種族特徴とか、実際に会ったことがある立場からすれば、成程と納得できるものも数多く存在する。


 何より、エルフ……良いよね。


 俺も、長耳さん達は大好きだ。



 ―――そんな(よこしま)な事を考えていたからだろうか。



 フィーアが本を閉じた音で。


 俺は飛び上がりそうになる。



「では、そろそろお昼にしましょうか」

「……もうそんな時間か」



 ―――何とか誤魔化せた? 


 奇異の眼で見られてない?


 ……うん、大丈夫そうだ。


 安堵の溜息を吐きつつも。

 俺は、本を書架にしまい始めた彼女に視線を送る。


 相変わらず、凄く危なっかしいというか。

 足を滑らせて脚立から落ちてしまいそう。

 ラッキースケベ否定派の俺からすれば、真下で待機するのもアレだし、どうやって助けたりすれば良いか悩ましいところだよな。


 書架から書架へと移動する彼女。


 それを見守りつつ俺も本を戻す。


 城の大部分はこの大図書館に改装されているわけだから。

 とてつもなく広いし、場所を知らなければ返却も一苦労だ。


 片付けが終われば並んで図書館を後にし、食堂へ。


 客室がやたらと多いだけはあり。


 飲食に用いられる部屋も大きく。


 俺としては手伝いと行きたい所なのだが。

 いつも最初に席に座らされてしまうので立ち上がるに立ち上がれない。


 忙しそうに。しかし、嬉しそうに。

 厨房で歩き回る彼女を見ていると。

 色々な感情が湧いて来るが、やはり最も頭に浮かんでくるのは――あぁ。



 まるで、同棲だよな。



 幸せにかまけて忘れないうちに。


 リオンの餌やりも行ってくるか。


 あのチョロ竜、ずっと寝てばかりいるから。

 明らかに太ってきてる気がするんだよなぁ。

 まずは飯を食って、その後は…腕が鈍らないように鍛錬や魔物狩りも定期的にする必要がある。


 無論、食糧補充のためにも。

 強力な魔物しかいない故に数も少ないが、暫くはそちらの心配はしなくてもいいだろう。


 なにせ、この城の屋上には。


 いつでも食える非常食が寝てるしな。



「――お待たせしました」



 考え事をしながら時間を潰していると。

 フィーアが幾つか皿の乗ったトレーを持ってくる。

 もしもこんなウェイトレスさんが居たら店に通い詰めるだろうが、如何(いかん)せん乗っているものが肉、肉、肉だ。


 野菜が採れる設備も無いし。


 魚も釣ってきていないので。


 仕方ないと言えば仕方ない。

 だが、栄養バランス的にはやや問題があるのかもしれない。



「「頂きます!」」



 まぁ、旨ければいいだろう。


 実際、彼女の料理は超一流だし。

 肉なんて調理法とある程度の調味料があれば幾らでもレパートリーが広がる。


 ……でも、偶にはな。


 別の物を食いたいわ。


 次に王都へ帰ったら。

 色々と買い込んでから遊びに来ることにしよう。


 香辛料の類が育つなら野菜も育つはずだし。

 気温、湿度なんて魔術でどうにでもなるし。



「これからの予定はどうされますか?」



 微笑みながらこちらを伺うフィーア。

 

 ……何時までもロスライブズ領に逗留するわけにはいかないからな。

 恐らく、戻ったら大量の任務が溜まっていることだろうし、小言の一つでもあるかもしれない。


 現在の最優先はフィーアだが。


 合間を縫って消化しないとな。


 いっそのこと、【空間石】の座標をロスライブズに登録しておくのもありだ。



「あぁ。まだ未定だが、一度王都の方へ戻って……フィーア?」



 無難に返答を返そうとしたのだが。

 一瞬の間に部屋の空気が暗いものになっていくのを感じる。


 ――もしかして、今の会話で。


 何かヤバいことを口走ったか?



 …………あ……まさか。



 彼女が聞いていたのは今後(みらい)の事ではなく。


 現在の……今日の予定だったのか?



 それで、思いがけない事を俺が言ったから―――


 

 違いは、歴然だった。


 さっきまでこちらを見ていた彼女は俯き。

 体をかき抱くようにして小刻みに震えている。


 名前を呼びかけても。


 それは変わらなくて。



「………いえ。何でも……ありません」



 とても、そうは見えないんだが。


 先ほどまでの笑顔は無くなり。

 色白な顔も酷く青ざめている。

 これ程狼狽しているフィーアは見たことが無かったが、どう声をかけるべきか迷っているうちに彼女は立ち上がってしまう。



「私、リオンちゃんにご飯をあげてきますね」



 俺に一声かけ、足早に部屋を出て行くフィーア。

 その顔は以前までの影が差したものに戻ってしまっているように感じて。



 明らかにやっちまったな。



 暫く帰らないとか決めておきながら。

 いなくなるということを示唆したら。

 また、孤独に逆戻りしてしまうと思われるのも当然の事だったのに。


 そんな当たり前のことにも。


 気付けない大馬鹿なのかよ。



 一人になった広過ぎる食堂。



 そこはとても静かな空間で。


 だからこそ、実感できるな。


 彼女は、この誰もいない城の中に。

 ひっそり一人で生きていたわけで。

 数百年の孤独というのは、一体どのような物なのだろうか。


 ……俺だったら、間違いなく。


 先に気が狂ってしまうだろう。



「諦めきっているから……か? そんなの、こっちが諦められるかよ」



 だが、仕事であろうと。


 そうでなかろうとも。


 もう、俺は決めたのだ。

 絶対に諦めはしないと。


 彼女を救うために、俺が歩み寄ろう。



 ―――例え、彼女自身に拒絶されようとも……絶対に。

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