第十三話:友達から始めよう
―アルモス視点―
話を終えた彼女は、既に冷めた紅茶に口を付ける。
ある意味では、伝説のまま。
しかし、実際に経験した者に聞くのは別格だ。
人々を癒すため。
人々を救うため。
ただひたすらに人々を治癒し続けた聖女。
その末路は、あまりにも残酷。
いくら現代ではその名誉が回復されているとはいえ、その悲哀に満ちた終わりは、彼女の物語が伝わった魔皇国の者たちにすら同情される程だ。
基本的に人間種を嫌っている彼らが、だ。
知り合いだと…イザベラとかは。
聖女フィーアの大ファンだしな。
俺は確と、その物語を聞き終えた。
……だが、まだ一つ。
彼女がロスライブズ領に到るまでの話は聞いたが、まだ尋ねていない事がある。
「エルドリッジさん。貴方の未練は」
「……救えませんでしたからね。私は見守ることも、寄り添うこともできなかった」
……………。
……………。
―――何だ、それは。
それがあなたの未練……思い残した事だというのか?
自分の持つ全てを失い。
信じた国民に裏切られ。
死刑台に送られながら、そんな事を考えていたというのか?
糾弾を受けて尚、人の善性を信じて疑わなかったと?
そんなの馬鹿げている。
話を聞いている間は勿論。
俺がロスライブズ領に来てからも、彼女は一回たりとも怒りを見せたことはなかった。
あるのは悲哀と、諦観。
明日への希望も、これから成したいことも、何一つありはしない。
ただこれで良いのだと。
生き続けているだけ。
彼女が積み上げてきたモノへの見返りが、コレだというのか?
「今でも、フーカ様の御力の片鱗は存在し続けています」
「……力、ですか?」
「加護程大きなモノではありませんが。死霊種になったその時から、何人も寄せ付けない瘴気となって……この力は私を守り続けてくださっています」
そういう事だったのかよ。
地母神の持つ側面の一つ。
神の加護というのは、決してプラスの効果だけではない。
それぞれの神がやらかしたりするのはチキュウの神話と同じで、当然デメリットなども存在している。
勇者は力を得ると共に。
爆弾をも同時に抱える。
地母神の場合は、その大きすぎる母性からくるもの――母親でいう、大切なものを守ろうとする故の癇癪みたいなものか。
死んだことで本来の加護ではなくなり、変質……反転した。
嘗て加護を授けた人間がもう傷つかないように。
誰も近づけない呪いを与えた……と。
―――いや、そうはならないだろ。
地母神ってヤンデレとかメンヘラの類か?
良かれと思ってやっていることが、むしろ加護を授けた相手を追い込んでるんだが。
今のエルドリッジさんの表情。
陰のある顔が幸せに見えるか?
んなわけないだろ。
誰がどう見ても苦しんでいる。
しかも、彼女は四百年もの間このロスライブズで一人、ひっそりと生き続けてきたのだ。
苦しくないはずがない。
辛くないはずがない。
全てから逃げ出した世捨て人ならまだしも。
彼女は、救済を願った全ての人々に手を伸ばそうとした始祖たる聖女だ。
死の瞬間まで誰も恨まず。
心の安寧を願い続ける。
そんな、優しい女性だ。
こんなの……見捨てておける筈がないじゃないか。
―――ようやく、理解した。
陛下の伝言が何だったのか。
俺のやりたいことは文献の調査ではなく、彼女を救うことだ。
正直、こんなものを見せられて。
聞かされて、放っておける筈もない。
「私は、ただこの地で朽ちていくべきなのです」
「――そんなことは無い!」
百年も生きていない若造が何を知っているのかと思うかもしれない。
だが、大事なのはどれだけ生きたかでないことを俺は知っている。
ただ、一生を自分のために生き。
私腹を肥やし続けた者も居れば。
その数分の一の生で誰かの為にと戦い続け、羽ばたいた近衛騎士長もいた。
彼女はただひたすらに誰かのために。
目の前にいる相手を救うために歩み続けた本当の聖者だ。
そんな優しい彼女が。
永劫の孤独を、失意のままに過ごすなんて末路があって良いはずがない。
高々に否と言い放った俺は。
隣に座った彼女の手を取る。
死者の冷たさなどなく、確かな温もりのある手だ。
「エルドリッジさん」
「―――っ!? ……は、はい」
いきなり大きな声を出したから。
それに驚いたのだろう。
彼女は目をまるくしていたが、すぐにその視線は自身の手に向いた。
……あ、もしかしたら。
人間だった頃は、男に触れられるなんてそうなかったのかもしれない。
でも、今は離すつもりはない。
コレも役得の一つだからな。
「貴方は幸せになって良いんだ。沢山の人を救ったんだから、貴方が救われないなんて間違ってる」
「……………ッ!」
彼女は、決して死者なんかじゃない。
だって、こんなにも温かいのだから。
人としての生を終えたというのなら。
第二の生を楽しめばいいではないか。
ただ一人で広い城の中に閉じこもり続けるなんて、棺桶の中の死者と何も変わらない。
「俺に出来る事なら、なんでもやります!」
「あ……あの」
「だから諦めるのはやめてください!」
「――ぁ……ぅ」
「もう、十分に救ったんだ。自分を許しても良い筈だ! ……決めるのは、貴方自身なんですから」
「……………」
言いたいことを早口でまくし立てる。
思わず素に戻ってしまうくらいに俺は感情的になっていたのだろう。
その語り掛けには。
およそ、数多くの感情が混じった。
でも、だからこそ。
俺の声は響く筈だ。
「………ありがとうございます」
彼女は、確かな光を持つ笑顔を向けてくれて。
……だが、その闇を取り払えたわけではない。
当然と言えば、当然だ。
数百年も煮凝り続けた。
考え続けた価値観だからな。
それが、最近出会い…ただ話を聞いただけの男の、信じる根拠もない言葉で解消される筈はない。
嘘でも長年信じ続ければ、その人間にとっては真実となると言われるように。
未だに邪魔な感情が彼女の瞳の奥底に居座り続けているから。
だから、ここから始めよう。
―――おれ、しばらく、かえらない。
王様の保証付きだから。
当然に許されるだろう。
「さあ、何でもどんとこいです。俺に出来ることは結構多いですよ?」
皿洗いでも、雑用でも。
一番得意なのは魔物を殺すことだが、彼女がそれをお願いするとは思えない。
いや、それ以前に。
門前払いされる可能性もある。
「……本当に、何でも良いのですか?」
だが、彼女にも頼みたいことがあったらしい。
迷うようにこちらを伺うエルドリッジさん。
彼女に向かってガクガクと頷くが。
正直、色々な期待もしている。
確かに前向きになっている証拠なのだ。
彼女が何をお願いして来るかは分からないが、変なことでないのは確かだし。
彼女は鬼や腹黒、耄碌爺とは違うからな。
……あと魔王。
俺の反応を伺っていた彼女は。
やがて決心したように頷く。
「では。「御友達」というものになって頂けませんか?」
「………へ?」
お友達から始めましょうってやつか?
可愛らしお願いで大変結構なのだが。
本当にそんなので良いのだろうか。
「……やっぱりご迷惑でしたか?」
「いや、そうじゃなくて……え? そんな事で良いんですか?」
それは大変よろしいお願いだが。
上目遣いが心臓によろしくない。
……いや。よく考えれば、彼女にとって。
精一杯のお願いなのかもしれない。
人間だった頃は聖女として祭り上げられ、休む暇もないほどに働き続けたんだ。
個人的な交友関係など殆どなかったのだろう。
縋るような視線を向けられたまま。
思考を巡らせた俺は、確固たる意志を持って頷いた。
「喜んで。宜しくお願いしますね、エルドリッジさん」
「はい!」
今までで一番の笑顔を浮かべる彼女に軽く見惚れ。
手始めに握手と手を伸ばそうとした俺だが、既に俺たちの両手は重なっていたことを思い出す。
……今更ながら。
恥ずかしくなる。
今までの俺は、こんなに積極的に異性に触れようとしたことは無いぞ。
ともあれ、ようやくこれで。
スタートラインに立つことが―――
「では、まずは敬語を辞めて頂けますか?」
「へ?」
所謂天丼ってやつだ。
さっきと同じように間抜けな声を漏らし。
呆けた俺は、彼女の顔へ視線を向ける。
ニコニコと嬉しそうにしているエルドリッジさんは、有無を言わせない表情でそんなことを言ってきて……。
「いや……でも――」
「友達ですから。フィーア、と呼んで欲しいのです。あと、さんも禁止です」
「………ははは」
畳みかけてくるね。
彼女の考えるような友達観。
それがどのようなモノか。
それは未だ分からないが、かなり気安い関係のようで。
俺は彼女の考える友達関係について教えを請い、ヤバい箇所が無いかどうかを吟味する。
聞く限りではおかしな箇所はなさそうだし……大丈夫か?
一通りの質問が終了する頃には。
そろそろ瞼が重くなってきて。
長く話し込んでいたため、既に夜だ。
エルドリッジさん…フィーアはともかく、俺は寝ないと思考力が落ちる。
当然にように夜は眠りたいわけだ。
「今日は、この辺にしておきましょうか」
読み終わっていた本を整理し。
俺はゆっくりと席を立った。
そこまで進んでいたわけではないが、そもそも帰る予定が随分先に延びたので無問題だ。
「そうですね。……アルモス様? 口調が」
「――おっと、いけない」
こればっかりは中々難しいだろう。
習慣や癖というのは矯正しずらい。
だが、俺は世界最恐の魔王陛下にも溜口で話していた剛の者だからな。
今思えば、俺の精神はあの頃から全く成長していないと言えるだろう。
何時までも若々しくて大変結構なことだ。
目の前にはあり得ないほど巨大な脚立。
彼女と協力して本を書架に収める。
「そういえば、アルモス様はお酒を飲まれますか?」
……さけ? 酒ェ!
彼女に問いかけられた瞬間。
脳内に大きな衝撃が走った。
そういえば、この領に来てからは一度も飲んでなかったな。
そんな余裕もなかったし。
そもそも食糧がなかったので当然だが。
酒はゆっくりと効く毒だと言われている。
イザベラからは度々注意されているが、俺は禁酒のプロなので、何度も止めることには成功している。
問題は無いだろう。
まぁ、何が言いたいかと言うと。
身体が猛烈に酒精を求めている。
その言葉を聞いた瞬間から体が痙攣し始めるほどに。
「あぁ、嗜むほど……いえ、大好きです」
震える身体を抑えながら答えを返す。
出来る限りの隠し事は無しだ。
友達だから云々という訳ではなく、フィーアには誠実でありたい。
彼女の事を裏切るような真似はしたくない。
………で、だ。
「何故そんな事を?」
世間話という訳ではないだろう。
唐突にそんな話をし始めたということは、話すに足る理由が存在するわけで。
もしかして、あるのか?
この城の何処かに。
ロマンを求めて漕ぎ出しそうだ。……今にも夢の中に。
「ふふっ。――此方へどうぞ」
◇
「まさか、こんな銘品が残っているとは……」
「幾らでも保存がききますから」
ヴィンテージワインと言っても。
長く寝かせればいいという訳では無いと知ったのは魔皇国に来てから暫く経ってからだった。
しかして、幸いなことに。
この世界には魔術がある。
保存の術を掛けておけば凄く長持ちするのだ。
魔皇国の最高級ワインの中には数百年物など当たり前のように存在するが、それらは瓶に魔術刻印を刻むことで劣化を防いであるので、実際は適切な飲み頃のピークで熟成が止められているわけだな。
その処理のせいで。
余計に高いのだが。
で、エルドリッジさんに案内されて訪れた部屋だ。
蔵とでもいうべきそこには。
幾つもの高級ワインがあり。
魔皇国産が多いが、亜人国家で作られたものもあるし、幻のワインとしてカタログや文献で見たものばかり。
正直、どんな財宝より輝いて見える。
「就寝の前に如何ですか?」
「良いんですかッ!?」
中身の詰まった宝箱を差し出すようなものだぞ。
これまでの俺の給料を全部捧げても。
まだ足りない程の品物ばかりで。
……あれ?
もしかして俺って薄給だったりする?
平騎士だから当然か。
「元々此処に存在していたモノです。私はあまり強くありませんが、陛下は好きにして良いと仰っていましたので」
「………陛下が?」
それって何処の聖人ですか?
なんか話が食い違っているような気がする。
とても俺の前で見せびらかすように飲んでいた悪魔と同一人物には思えないんだが。
魔皇国の現国王で合ってますよね?
……持ち主からお許しが出たので。
おもちゃ売り場に連れて来てもらった子供のような心境で並べられたボトルを見て回る。
今日は、本当に良く眠れそうだ。




