第十二話:聖女の物語
私の名前は、フィーア・グレース。
大陸中央部に位置する小さな国。
その貧しい貴族家に生を受けた。
でも、生まれてすぐ。
フーカ様の加護を受けていることが発覚してからは、教会で育てられて。
両親の顔を見たことも無い。
私には叡智神ミルドレッド様の加護も少しだけ混じっているらしくて。
教えられたことは、何でもすぐに覚えることができた。
同年代の人たちと関わることは殆どなかったけど、時折彼女が来てくれた。
それは、王様の娘。
最初は恐縮していた私だけど、彼女は凄く優しくて。
……たった一人のお友達。
大切なお友達が出来た。
何時しか私と彼女は親友というものになり。
彼女は、時折人の目を盗んでは、色々な冒険に私を連れ出してくれた。
とても大切な、二人の想い出。
……………。
……………。
成長した私は各地を巡り。
フーカ様から与えられた祈りの力で、多くの人の身体と、心の病を癒した。
沢山の人々が笑ってくれる。
それが、とても嬉しくて。
隣にいる親友が笑顔になってくれるのが何より嬉しくて。
困っている人が居るのなら積極的に声を掛け。
どんな些細なことでも相談に乗った。
やがて、私は【聖女】と呼ばれるようになった。
私には勿体ない名前だったけど、もっと多くの人を救えるならと私自身もそう名乗るようになった。
名前が知れ渡ってからは。
更に多くの人が癒しを求めて私の元へ来た。
誰かに必要とされているのが嬉しかった。
「……あのね? フィーア」
「はい、何ですか?」
「貴方天然なんだから、ちゃんと周りに注意しなきゃダメよ? 世界には悪い人なんて沢山いるんだから」
たった一人の大切な親友が。
後ろからハグしながら囁く。
真紅に輝くサラサラの頭髪が首元に当たって少しくすぐったい。
悪い人は沢山いる。
そうかもしれない。
今まで来た人の中には実際には苦しみなんて抱えていない人もいて。
ナイフを持って襲い掛かってくる人もいた。
怒声を浴びせられたことも。
汚く罵られたこともあった。
………でも。
「私は信じてみたいんです、あの人たちの中に在る善性を。フーカ様は全ての種族を愛していると、見守ってくれていると教えられました」
「……………」
「絶対に、どんな種族でも分かり合えるのです」
何故フーカ様が私を選んだのかは分からない。
でも、大きな力を与えられたからには。
その能力で人々を救うのが私の使命。
最初はお互いの事を知る所から。
少しずつ理解していけば良い。
人間も亜人も魔族も、言葉を与えられたのだから話し合える、分かり合える筈なのだから。
「それに、危なくなったら守ってくれますよね?」
「……そうね」
私の友達はとっても強い。
頭も良くて、様々な魔術を扱える。
私の、自慢の親友。
ちょっとスキンシップが多い気もするけど、皆やっているらしく、そんなモノなのでしょう。
……時折、彼女は戦争に行く。
帰ってくる時には皆が疲れているし、帰ってこなかった兵士もいる。
私は戦争が嫌いだ。
でも、それが必要な事だと。
嫌いながらに理解している。
生きていくためには、皆の笑顔を守るためには、戦うしかないから。
一番大変な役を親友は担っている。
子供のままではいられないから。
帰ってきた親友はいつでも気丈に振舞い、笑いかけてくれるから。
だから、私も頑張る。
もっと多くの国民を。
もっと多くの人々を救う。
私にできることはこれしかないから。
毎日限界まで魔力を消費し、多くの人を癒す。
……………。
……………。
どれ程の年月が流れただろう。
私の生まれた国は多くの国家を取り込み。
前例が語られない程の大国となった。
親友が建国者となった、新たな国。
彼女はその聡明さを発揮して広い領土を取り纏め、長い安寧をもたらすことに成功した。
私も平和の象徴と呼ばれ。
多くの人に賞賛された。
私たちが幼心に空想した夢が、遂に現実となった。
――でも、幸せな時間は。
――あっという間だった。
「フィーア? 私が居なくなっても貴方の人生は続くの。だから、何時までも悲しまないで?」
「……………」
「貴方は幸せになって良いの。だって、フィーアは本当に沢山の人を救ったんだから」
私は何時までも若いまま。
親友が老いて、病により臥せっていても。
隣でただ見ていることしかできない。
寿命こそ変わらないものの。
私の身体はフーカ様の加護によって老いることは無い。
いずれ時が来れば、糸が切れたように動かなくなるだけ。
私の力は寿命を延ばすことなんてできない。
彼女もそれを望んでなんていない。
死なない人間なんて存在しないから。
ただ見ていることしかできない。
「ね、フィーア? 私はちょっとアレだったからできなかったけど、貴方は幸せに……今からでも結婚して子供を産んだり、どこか静かな場所で暮らすことだって出来るんだよ? あなた本当は誰よりも泣き虫な癖に、変なところで頑固に堪えようとするんだもの」
私は答えを返す事ができなかった。
口を開けば出てきてしまうから。
死なないでほしい、何時までも一緒に居て欲しい……。
涙をこらえながら見守る私に、親友は笑いかけてくれた。
最期を迎える瞬間も。
親友は優しい笑顔で。
要たる国王の逝去。
彼女が居なくなったことで、国は内乱に突入した。
元々、危うい均衡の上に成り立っていた。
彼女のカリスマ。
それによって何とか繋ぎ止めていただけ。
希代の英雄を失った大国は、崩壊に向かうしかない。
これまで息を潜めていた野心ある貴族たち。
彼等は親友の血縁を神輿に掲げ。
同じ国の者同士で戦い続ける。
私は、必死に止めようとした。
―――そして、実際に内乱を止めることはできた。
多くの人たちが協力してくれたから。
沢山の人たちが信じてくれたから。
「聖女――いや、魔女フィーア・グレース。汝を異端として処刑することが決定した」
「……そうですか」
でも、新たな王を担ぐ者たちには。
私は邪魔でしかなかったみたいで。
知らない罪が次々に現れ。
私の持っていた権限は無くなり、聖女の名は地に墜ちた。
もう私の声は届かない。
誰にも、届く事は無い。
それに、死がそう遠くないのは理解していた。
もうしばらくすれば私は動かなくなるだろう。
だから、受け入れた。
今まで私の事を受け入れてくれていた国民が私を異端だと、魔女だというのなら、きっと私は悪なのだろうから。
もう私に与えられた役割は終わったと。
自分で、そう決めたから。
「――何故なのですか! 何故!」
「フィーア様は誰よりもこの国を愛している!」
「そうです、今からでも遅くはありません! 我々が議会に提言を!」
今まで傍で戦ってくれた騎士や文官たち。
最後まで私の処刑に反対して。
毎日の様に会いに来てくれる。
でも、このままでは。
彼らの地位も危うくなってしまうだろう。
だから、残酷なお願いをする。
簡単に死ねない楔を打ち込む。
「私の役目は終わったのです」
「「…………ッ」」
「私ではなく、これからの国を――セラの姪をお願いしますね?」
彼等は泣いていた。
こんな私の事を。
居なくなる事を悲しんでくれる人たちがいる。
それで十分ではないだろうか。
―――本当は自分でも分かっていたのだ。
それは、ただの逃避だと。
…私は、凄く疲れていた。
休む暇もないほどに歩み続けて、止まることも、過去を振り返ることもなく進んできた。
今までは親友がいてくれて。
彼女が居なくなってからは。
それを忘れるために国を建て直した。
孤独に慣れた私は誰かを信じることができなくなっていた。
どんなに仲良くなっても、大切な人が出来ても、いつかは居なくなってしまうから。
孤独に逆戻りしてしまうから。
だから、これ以上は……誰にも。
誰にも近付いて欲しくなかった。
死刑台に上がった時も、私は安堵すらしていた。
ようやく、休むことが出来る。
淵冥神様に救いを与えられる。
―――でも、せめて。
この国の平和が少しでも続くように。
そう願うくらいは許されるだろうと。
私はフーカ様に、六大神様に祈るようにして最期を迎える。
休むことができるんだと。
優しい死が訪れるんだと。
……………そう思っていた。
―――でも、それは許されなかった。
◇
「ほう? これほどの瘴気をまき散らすのはどれ程の大妖魔かと来てみれば……死霊種とは珍しい」
私は、生き返ってしまった。
自分自身が持っていた力で。
万人を癒せる地母神様の加護を持っていた生前の私が。
心の深奥でどれだけ望んでもできなかったことを、望んでもいない死後の私が出来てしまった。
それは皮肉でしかない。
死霊種。
それは死の瞬間に未練を持っていた者の中でも、強い適性、膨大な魔力を持っていたものがごく低確率で変異する異端の魔族。
私には、その適性があった。
限界まで行使し続け、膨大な容量を得た魔力。
生命を操作するという権能から来る高い適性。
そして、もう一つ。
私の未練はきっと―――
目の前に現れたのは。
とても綺麗な女性で。
女神さまと見紛うほどに美しかった。
でも、その外見的特徴と伝え聞いた情報を元に、理解した。
「……貴方は魔族、ですよね」
「うむ、その通り。此処は我らの領域じゃからな。居るのは当然じゃろうて」
大陸の東……恐らく私の遺体は。
ここに捨てられたのでしょう。
人の手が届かない不可侵の領域【魔皇国エリュシオン】
その豊富な資源に惹かれて。
侵攻を行った人間国家全て。
その尽くは同じ末路を辿り、東側には彼らと不可侵条約を結ぶ亜人国家しか残らなかったという。
女性は私を見据えながらも。
しかし、朗らかに口を開く。
「つい最近、クロウンスの聖女が処刑されたと魔導士団の連中が報告していたのう」
「………ッ!」
「名は……フィーア、と言ったか」
「………知りません」
もう私は聖女ではない。
未練があるとしても、私の声は届かないから。
戻るなんて選択肢は存在していなかった。
何より、私が纏っている瘴気は人間にはあまりに毒だと理解することができてしまったから。
目が覚めた瞬間から、現在に至るまで。
決して魔物たちは近付いてこなかった。
行き場を全て失って。
帰る場所すらもない。
なら、ただこの場で静かに朽ちていきたい。
大地に還ることが最後の―――
「そうか、知らぬのか」
「……………」
「なら、余と共に来い」
「………え?」
「孤独が欲しいと言うのなら、丁度良い領がある。聖女としての名を捨てたというのなら…そうさな、エルドリッジとでも名乗るがよい」
私の考えを見透かしたように。
ゆっくりと語り掛ける女性。
その言葉は何処までも優しかった。
私は、魔族という種は決して交わってはならぬ者たちだと教わってきた。
でも、今は同じ存在で。
彼女が有角種か、妖魔種かは分からない。
いずれにしろ、私を敵とみているわけではなさそうで。
この方が私に静かな平穏を、孤独をくれるというのであれば、それも良いのかもしれない。
帰る場所など無いのだから。
「……貴方のお名前は?」
まだ彼女の名を聞いていない。
私の言葉を肯定と受け取った女性は、嬉しそうに顔を綻ばせる。
「余はエリュシオン。魔皇国の王であり、待ち続ける者じゃ」




